彼女の胸の内では
ボルテージが上がり熱気に満ち溢れた体育館内を、少しだけ高いところから見渡す。
私はものすごい数の生徒の中からとある生徒の姿を探していた。
ーーーもちろん彼の事だ。
ただ残念な事に全く見当たらない。
当たり前といえば当たり前だ。なんたってこの学校は無駄に生徒数だけは多い上に、私は彼のクラスを知らない。
……というか、そもそも、同い年なの?
考えてみればみる程彼についての疑問は尽きない。私はそんなぐらい彼の事を知らないのだ。
そんな事を思いながらも、私に課せられた全校生徒の盛り上げ役の仕事をこなす。
普通ならこんな仕事をしなくてはならない理由など無いのだけれど、仕方ない。なんたって私はこの学校でいう……何だろう……上手い表現が思いつかない。
まあ良いや。そんな訳で私はスッと空気を吸い、お腹に力を入れる。そしてーーー
「皆さん! それでは掛け声をお願いします!!」
と、体育館内に響き渡る声量で、そしてなるべく綺麗で可愛らしい声でそう言った。
だって、彼もきっと聞いているだろうし。なるべく可愛い声を出したいじゃない。
すると、体育館内に設置されているスピーカーから音楽が流れてきた。そしてそれと呼応するように吹奏楽部の演奏が始まった。
「それでは先ずはーー前回の大会で優勝したサッカー部です! 皆さん中央をご覧ください!!」
私がそう言うと全校生徒が中央の方を見る。
今、体育館内は選手達が通る中央部分以外は薄暗くなっている。その分選手達に注目がいくというシステムだ。更に暗い場所というのは人間を開放的にさせる効果を持つ、よって生徒達の興奮も煽れるという事だ。
……この学校はこういうとこ中々良い演出をする。
生徒達も、予想通り大盛り上がりだ。
そして次は更なる盛り上がりを見せるだろう。なんたって次はーーー
「次は、前回の大会で惜しくも優勝を逃した、女子剣道部です!! そして、今大会こそはと主将である金堂さんは燃えております!」
手元にある紙を見ながら私は少しばかり演技掛かった言い方でそう話す。そして、"金堂"さんと聞いた瞬間ーーー全校生徒が先程までと比にならない程の興奮に包まれた。
ワァアァァァア!
体育館中が最早お祭り騒ぎで、先生達もなんだか楽しそうな雰囲気だ。しかし、その注目を一身に受ける女子剣道部、そして金堂さんは全く意にも介さない様に優雅に中央を歩く。
流石は、金堂さん。
私は素直に彼女に尊敬の念を送った。
金堂さん。
彼女は私が唯一ライバル視する人物だ。
学校中でも癖の強い人物が多い部活動の主将達をそのカリスマ性で纏め上げ。更にはこの学校の副生徒会長を務める。
圧倒的美貌の美しさに加えて、その落ち着いた雰囲気と余りにも高校生離れした頭脳から、学校一の天才美少女と呼ばれている。
男子生徒との関わりは余り見られないものの、大抵の女子からは慕われている。
なんだったら……彼女のファンクラブらしきものまであるらしい。というか、実際ある。
ーーーが、もちろんこれだけではない。
この程度ならばまだ良いのだが、彼女はーーー……、……なんだか単に彼女を褒めているだけな気がしてきた。
これ以上話すと長くなるし、それはまた別の機会にでも。
そんな訳で私は昔から彼女を特別視してきた。そして唯一負けたくないライバルとしても見てきた。だが最近ここに来て、彼女を危険視するようになった。
理由は簡単だ。それは金堂さんが全校生徒からの憧れの的である事。魅力的である事。そして彼が普通の男子であるという事だ。
普通の男子なら、絶対に彼女に魅力を感じないなんて事は無いはずだ。そしてそんな彼女は存在するだけで、私にとって脅威なのだ。
でも。
それでも。
ーーー私は歓声に囲まれている金堂さんに向かって薄っすらと笑みを向けた。
……あなたがどれだけ魅力的でも彼だけは絶対に私に振り向かせるから、という決意を込めて。




