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第3話 今更擦り寄ってきても遅いですわ!

 ヴィオラとセレナが修道院へ送られてから、三日が経った。


 廊下を歩いても陰口が聞こえない、食堂に行っても値踏みの視線がない.......


 五年間ずっと纏いついていた重たい空気がするすると剥がれていくようで、正直なところ、まだ少し落ち着かなかった。


 幸せに慣れるというのは、案外時間がかかるものらしい。


「お嬢様、朝食のご用意ができております」


 マーサが運んできたトレイには、ふかふかのパンと温かいポタージュ、それから色とりどりの果物が並んでいた。


 見ているだけで少し目が潤みそうになったのは内緒にしておこう。


「……随分と豪華ですのね」


「当然です.........今まで硬いパン一枚だったんですから、これで元がとれるかどうかというところですよ」


 有無を言わさない顔で椅子を引かれたので、私は大人しく座って一口目を食べた。


「マーサ........これを毎日食べていいんですか?」


「当然です。これが普通の令嬢の朝食というものなのですから!」


「私、今まで普通の令嬢ではなかったんですね」


「今日から普通の令嬢へと昇華したのでご安心くださいませ」


「そんなかっこいい言い方は私には似合わないわ」


 そんなことを苦笑混じりにマーサへ告げると、突如ノックもなく扉が開いた。


「リーシェ.......少しいいか?」


 ーーーー父だ


 アーレンス公爵家当主.......アルフレート・フォン・アーレンス。


 白髪の混じった鬢を持つ、背の高い男だ。


 かつては凛とした威厳のある人だったはずだが、今目の前にいる父はどこか縮んで見えた。視線が定まらず、私の顔を見ているようで見ていない。


 その落ち着かなさが、なんとなく滑稽だった。


「どうぞ、お座りください」


「……ああ」


 父は椅子を引いて向かいに座り黙っている。


 急かすつもりはなかった.........急かしたところで何も変わらないと、もう知っていたから。


「ヴィオラのことは……知らなかったんだ」


 父がようやく口を開いた。


 一言目が言い訳とも言えるような言葉なのか.....そんな失望とも言える感情が浮かぶ。


「........存じておりますよ」


「お前が苦労していたことも、財産を使い込まれていたことも——」


「存じておりますと言っているのが分かりませんでしたか? .........お父様」


 父の顔がかすかに歪む。


 謝罪の言葉でも来るのかと思い、待っていると父は少し間を置いてからこう言った。


「それでだな........リーシェ」


「なんでしょうか?」


「あ、あ、......あの」


「そこまでの若輩者にまで落ちぶれているとは、いささか思ってもいませんでした........自分の言いたいことすらまともにいえなくなってしまったんですか?」


「.........本当に軽い頼み事なんだ。なんの心配もない軽ーい頼みだ.......」


「.........」


 父は両手をぎゅっと握り締める。震える指先が今の立場を何より雄弁に物語っている。


「……その、リーシェ.......」


 名前を呼ぶだけで喉が詰まる。昔は命令するだけで済んだ相手に、今は頼みごと一つすら切り出せない。


「……噂を耳にしたんだな........司法長官から聞いたぞ。お前が領地を立て直していたとか、国境に物資を送っていたとか」


「ええ、まあ、それは事実ですが? それがどうかしたのでしょうか?」


「.........なかなか優秀じゃないか」


「……お褒めの言葉はありがたいですが、本当にそんなことを言うためだけに私の元へ来たと?」


 五年間、硬いパン一枚で生かされていた娘に向かって、開口一番「優秀じゃないか」とくる父親がどこにいるのだろう......?


 なかなかの強心臓を持っているじゃないか。そういうところは娘や母親もあったからな.......類は友を呼ぶとはよく言ったものだ。


「.........本題に入ろうか」 


その一言を口にした瞬間、父は自分の誇りが音を立てて崩れていくのを感じていた。


「金を貸してもらえないか.......?」


 部屋の空気が五秒ほど完全に止まり、マーサが持っていたお盆が小さく傾いた音がした。


「……今、なんとおっしゃいましたか?」


「だから、金を貸してほしいと言ってるんだ!! 南の別邸に移ろうと思っているんだが、ヴィオラが財産を使い込んでいたせいで手元が苦しくて——」


「お父様........少しよろしいですか?」


「........なんだね」


「今日いらしたのは謝罪のためではなく、借金の申し込みのためでしたか」


「い、いや、借金とまでは........というかそれだけではなく——」


「ではそんな醜い言い訳なんかよりも、謝罪の方を先にお聞きしたかったのですが? そこについてはどうお考えでしょうか?」


「……それは......俺は何も関係なくてだな.......」


「まだ言い訳を積み重ねますか? ただ、謝罪より先にお金の貸し借りの話が出てきたので、順番として申し上げているだけです。先にどちらをなさりたいですか?」


 父が、初めて言葉に詰まった。


「私が昨日まで食べていたのが、硬いパン一枚だったことはご存知でしたか」


「……それは、ヴィオラのせいで.......」


「三年前の冬、高熱で三日間一人で寝込んでいたことは?」


「…..知らなかったんだ.....本当に悪気はなくて....」


「医者を呼ぶお金はヴィオラ様が管理していたので、マーサが自分の財布から薬を買ってきてくれました。お父様はその時、王都で夜会に出席されていましたね」


「……」


「若い女性とのお酒はさぞ楽しかったことでしょう......女性の胸とお尻ばかり追っているような人に大黒柱の資格などあるでしょうか?」


「語弊がある言い方はやめろ!!! 親に対してその口の聞き方はなんだ!? 少し言わせておけば......」


「では.......二年前の夜会で、私が継ぎ目の粗い古いドレスを着て壁際に一人で立っていたことは?」


「……それは、セレナにそうしろと言われたんだ! 俺はやめろと言ったんだが、聞かなくて......」


「ええ.....そのドレスを着た私をお父様は一度だけご覧になって、鼻で笑ってくださりましたものね?

目が合いましたが、三秒後には隣国の王女様の方を向いていらっしゃいました....記憶にありますか?」


「……王女に呼ばれて仕方なく行ったんだ!!」


「いやはや.......おじさん構文でしたっけ? ああいったものが実在するとは思いもしませんでした。王女様はさぞ気持ち悪がられていましたよ? もはや尊敬の念すら覚えますわ」


 「......っ、こいつめ.....養子のくせして.......」


「それらを全部踏まえたうえで、お父様は今日初めて私に会いにいらして一番最初に言いたかったことが『金を貸してくれ』だったわけですね?」


「……言い方が悪かったな」


「言い方などではなく、倫理感から学習し直してみてはいかがでしょうか? おすすめの協会を紹介しますよ?」


「……」


「娘を五年間放置して、その娘が優秀だったと知った瞬間にお金の貸し借りを申し込む。お父様......それを他人にやられたらどう思いますか?」


「……最低......だな」


「正解です!! 私もそう思いますわ。そして.......それが今のお父様なんですの!」

 最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


 もし少しでもスカッとしたり、ニヤッとしたりしていただけましたら、評価ポイントとブックマークをいただけると、次の話を書く一番の励みになります!


 まだまだ書きたいことがございますので、よろしければ作者フォローもしていただけると幸いです!


 それでは、また次のお話でお会いしましょう!

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