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第27話 最後に笑うのは真実を知るものですわ!

 大広間の扉が激しく開かれた瞬間、張り詰めていた空気が一気に揺れた。


「陛下! 申し上げます! 王宮財務局のグスタフ・ベルンハルト次官補が、先ほど王宮を離れ、逃亡を図ったとの報告が入りました!」


 駆け込んできた騎士の息は荒く、その顔には明らかな焦りが浮かんでいる。


 けれど、私は不思議なほど冷静だった。


 むしろ、胸の奥にあった最後の空白が、ようやく埋まったような感覚さえある。


「……やはり、逃げましたか」


 私がそう呟くと、隣に立っていたヴァイスがこちらを見た。


「驚かないんだな」


「これだけの証拠を前にして、それでも罪を認めない人間ですもの。自分の罪と向き合うより、逃げる道を選ぶことくらい最初から想像していました」


 私は静かに息を吐き、先ほどまで眺めていた前国王の極秘文書へ視線を落とした。


 父のことも、ヴィオラのことも、セレナのことも、そして王宮財務局の不正も――これまで私の周囲で起きていた出来事は、決して別々の事件ではなかった。


 母はそれを知っていた。


 だから私を守るために秘密を残した。


 父はそれを知りながら、見ないことを選んだ。


 ヴィオラはその秘密を利用し、自分の立場を守ろうとした。


 そしてグスタフは、王宮の権力を利用して、そのすべてを金に変えようとしていた。


 五年間、私はずっと自分だけが何かを間違えているのだと思っていた。


 けれど違った。


 間違っていたのは、私ではない。私を何も知らない子供のままにしておけば、自分たちの都合のいいように扱えると思っていた大人たちの方だった。


「陛下」


 私は一歩前へ出た。


「グスタフを追わせてください。ただし、私も同行させていただきたいのです」


「リーシェ嬢が?」


 国王陛下が眉を上げる。


「ええ。あの男が逃げる理由は、単に罪から逃れたいからではありません。最後まで隠したいものがあるからです」


 私は、机の上に置かれた六年前の書類を指先で示した。


「父とヴィオラ様の署名、北東部から消えていた税、王宮財務局との不自然な金銭の流れ、そして母が地下室に残した前国王陛下との記録……これらを繋げれば、グスタフが何を恐れているのかは明白です」


「……王家の秘密か」


「はい」


 私は頷いた。


「だからこそ、最後まで私自身の目で確かめたいのです」


 その言葉を聞いたヴァイスが、静かに私の前へ歩み出た。


「ならば俺も行く」


「……当然のように言いますね」


「当然だからな」


 ヴァイスはいつものように穏やかな顔をしていたが、その目だけは真剣だった。


「君が真実を追うなら、俺はその隣にいる。君が王冠を選ぶなら、その隣にいる。王冠を選ばないなら、それでも隣にいる。俺が守りたいのは王家でも公爵家でもない――リーシェ、お前自身だ」


 大広間が静まり返る。


 私は一瞬、言葉を失った。


「……そういうことを、こんな大勢の前で平然と言うのはどうかと思いますけれど」


「なぜだ?」


「恥ずかしいからです」


「そうか」


 ヴァイスは少し考えるように眉を寄せた。


「では、二人きりの時なら問題ないな」


「問題が別の方向へ移っただけですよ!」


 思わず声を上げると、周囲から小さな笑いが漏れる。そのおかげで、胸の奥にあった重苦しさが少しだけほどけた。


 ――この人がいる。


 それだけで、私は前を向ける。


 かつての私は、何かを失うことばかり恐れていた。


 けれど今は違う。


 私には、失いたくないものができたからこそ、それを守るために真実と向き合える。


「陛下」


 私は深く頭を下げた。


「行ってまいります」


「……分かった。ヴァイス、リーシェ嬢を頼む」


「お任せください」


 ヴァイスは即答した。


「この国で最も大切な任務だと思っております」


「……私、いつの間に国宝になったんですの?」


「俺の中では最初からそうだ」


「……」


 もう何も言い返せなかった。


 こういう時だけ、この人は本当にずるい。


 ◇


 王宮を出ると、すでに騎士たちが馬車を用意していた。


 グスタフが向かった先は、北東部へ続く街道。私が五年間、密かに支援してきた土地だった。


「……どうして北東部なのでしょう」


 馬車の中で私は呟いた。


 ヴァイスが向かいの席から答える。


「君が一番よく知っている場所だからだろう」


「私が?」


「ああ。グスタフが本当に証拠を消したいなら、君が集めた証拠を逆に利用できる場所へ向かう可能性が高い」


 私は窓の外を眺めた。


 流れていく景色の中に、かつて私が帳簿の数字だけで知っていた村々が見えてくる。


 灌漑用の水車。


 整備された街道。


 以前より活気を取り戻した市場。


 どれも、五年前の私が誰にも知られないように少しずつ積み重ねてきたものだった。


「……不思議ですね」


「何がだ?」


「昔は、この土地を救えば父に認めてもらえると思っていたんです」


 私は小さく笑った。


「でも、今になって分かりました。誰かに認めてもらうためにしたことは、認められなければ無駄になってしまう。でも、自分が正しいと思って積み重ねたものは、誰に褒められなくても消えないんですね」


 ヴァイスはしばらく黙っていた。


 やがて、静かな声で言う。


「人の価値は、誰かに必要とされた数で決まるものじゃない。自分が何を守り、何を積み重ねたかで決まる――俺はそう思っている」


 その言葉が、胸の奥へ静かに落ちていった。


 五年間、私は何度も「誰の役にも立たない」と言われてきた。けれど、その言葉を今なら笑って否定できる。役に立つかどうかを決めるのは、私を虐げていた人たちではない。


 

 ーー私自身なのだから。


「……ヴァイス様」


「なんだ?」


「帰ったら、朝食にパンを二ついただいてもいいでしょうか」


「三つでも四つでも好きなだけ食べればいい」


「……やっぱり、あなたと結婚するのは悪くないかもしれません」


「今の言葉、記録しておいてくれ」


「調子に乗らないでください」


「すまない」


 そう言いながらも、ヴァイスは嬉しそうに笑っていた。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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 まだまだ書きたいことがございますので、よろしければ作者フォローもしていただけると幸いです!


 それでは、また次のお話でお会いしましょう!

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