表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/12

3話 騎士


「ハア。蛆虫野郎め」


 ルシアの予想通り、エディットの想いは呪いとなって、アルバンに襲いかかってしまった。

 その程度で済んだのは、ルシアの渡した香袋の守りが効いたからに違いない。

 公爵令嬢という高貴な立場にもかかわらず、一介の伯爵令嬢へ吐露するぐらいだ。

 異形に変わり果ててもおかしくないほどの、強い後悔や恨みだったはずである。

 

「ルシア、嬢?」


 寝不足で充血したアルバンの目が、あきらかに怯えている。

 

「独り言ですわ」


 婚約者でもない令嬢と親しくし、正式な手順も踏まずに人前で一方的な婚約破棄宣言。そのくせ病に倒れた途端、親しくしていた令嬢には「巻き込まれたくない」と逃げられ、孤独に寝込む羽目に。――万死に値するとはこのことだと、ルシアは眼前の王子を冷えた目で見下ろしながら、大きく息を吐く。


「殿下。女性を弄ぶのであれば、もっとお上手になさいませ。それもまた、王族の義務でしてよ?」

「ルシア嬢は……未熟なくせに、とは言わないんだ?」


 どうやら、令嬢とのお茶会を勝手に開いたことをエディットに「王太子教育も満足にできていないのに」と責められ、逆ギレして「じゃ、別れよう!」とやったらしい。短慮の極みである。ルシアの視線が、寝ているアルバンの股のあたりを刺してから、顔へと戻る。


「……子種を残すのも王族の務めとはいえ、結婚前に見て気持ちの良いものではありませんわ。百年の恋も冷めるというもの。ちなみに、わたくしも断固お断りです」


 ベッドの上から縋るような濡れた青い瞳を向けられても、ルシアの心は微塵も動かない。


「もしわたくしが同じ目に遭ったら……蛆虫野郎の蛆虫をヒールで踏み潰し、すり鉢に放り込んで、すりこぎ棒ですり潰して差し上げますわ」


 アルバンがポカンとしたので、ルシアはダンッと床を踵で鳴らし、拳を手のひらにゴリゴリと擦り付ける仕草を見せつけた。


「ひっ!」


 周囲の近衛騎士たちが、複雑な表情をしている。前々から『王子の女性関係』に手を焼いていたらしいので、当然だろう。


「不誠実とは、それほどの罪ですのよ。殿下は、エディット様の深い愛情に感謝なさいませ」

「はああ……うん、わかった。肝に銘じる」

「それでは殿下、心より『お見舞い』申し上げます。よく眠れますように――」


(これに懲りて、未来の妻だけを大事にしてくだされば)


 ルシアはそう願いながら口の中で真言を唱え、用意していた紙札をベッドの枕元の、見えない部分へ貼り付けた。


  ○●


「ルシア嬢……具合でも悪いのか?」


「えっ。――あら」


 思い出に浸っていたルシアは、いつの間にか馬車の前に立っていた。近衛騎士の紅い瞳が、心配そうに覗き込んでいる。


「少し働きすぎではないのか」

「ええと……大丈夫ですわ」


『お見舞い』の効果が口伝えで広まり、あちらこちらから「来てくれないか」と依頼が殺到している。だいたいが妬みや嫉妬、ストレスからくる微弱な()()であるからして、清めの塩や紙札で十分な程度で、深刻なものはない。


 しかしながら、彼らが安らかに眠れるのならば。それもまた、仕事として意味があるとルシアは考えていた。


 宰相の計らいで正式な任務として取り扱ってくれ、依頼は宰相室が請け負い、給金も発生している。一人で生きていくには十分な額で、両親もようやく安心してくれたらしい。なにせルシアは『変人令嬢』という評判で、もうすぐ二十歳だというのに縁談の気配すらない。叔父の顔を立てつつ、助かった次第である。


「あの、今さらですが」

「なんだ?」

「お名前を伺っても、よろしいかしら?」


 アルバン王子の部屋で近衛騎士を諌めてくれた礼ができていない、と今さら思い至る。

 

「! これは失礼。ジョスラン。ジョスラン・メレスだ」

「ジョスラン様。先日は殿下のお部屋で庇ってくださり、ありがとうございました」

「いやこちらこそ、あのような無礼なことを許してしまい、申し訳なかった」

「とんでもございません。わたくしが変人であることは、自覚しております」


 ジョスランは紅の瞳をぱちぱちと瞬かせた後、ふっと細めた。


「貴女を変人などと思ったことはない。いつも誠実に任務を果たしているのに、感心している」

「身に有り余るお言葉、ありがたく頂戴いたしますわ」

「こちらこそ。剣凶の俺がエスコートで申し訳ない」

「けんきょう?」

「……知らぬのか。ならばいい」


 言葉の意味を思い出すのに少し時間がかかったが、ルシアははたと思い出した。

 

「あっ! 南部に異常発生したビッグホーン(牛の魔獣)の大群を、ほぼおひとりで倒されたという……?」

「知っていたか」

「ええ! その後、あまりに強すぎて恐れられ、閑職に追いやられたという噂」


 凄まじい剣の腕を目撃した者たちが、自然と彼を『凶々(まがまが)しい剣の使い手』と揶揄(やゆ)しはじめたというのだから、皮肉だ。

 どの世界でも、過ぎたる力は疎まれるのだな、と思った記憶があった。

 

「その通り。退屈だ」

「まあ、それは……そうですわよね」


 王国は今、比較的平和だ。だからこそ、必要なのは力ではなく政治的な手腕。それでも、ジョスランのような人材がいると思うと、心強い。


「でも、ルシア嬢の護衛は退屈じゃない」

「そうですの?」

「ああ。今もそうだが……目に見えぬものと常に戦っているだろう?」


 ジョスランの視線が、ふらふらと恨み顔で王宮を歩いていく、メイドの姿をした怨念を追っている。貴族に捨てられた無念だろうか。そのようなものが、ここには多すぎる。


「……っ! 見える方にお会いしたのは、初めてですわ」

「この目の色は、この世に(あら)ざるもの。だから俺は、生まれながらに冥界に好かれている、とも言われている」

「……なるほど」

「ルシア嬢は、俺のことが怖くはないのか?」

「怖くなどありません。ジョスラン様に悪いものは憑いておりませんもの。お心が清らかだと分かりますから」


 ジョスランの目が見開かれ、そして――ぐいっと、口角が上がる。


「立ち話も何だ。また今度、ゆっくり話がしたい。いいだろうか?」

「ええ、ぜひ」


 ルシアはただ冥界の話に興味があっただけだった。


 ――が、それが『デートのお誘い』だったと気づいたのは、だいぶ後になってからのことである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ