思わぬ歓迎
「ようこそ。いらっしゃい」
低く落ち着いた声音で、アベルはニヤリと笑った。
「ここは立ち入り禁止と言ったはずですが〜、あなたに耳と頭はありますか?」
(ハッ、馬鹿にしてくれる)
挑発に踊らされるな。
今は死と隣り合わせだ、冷静に対処しよう。私は得意なはずだ。
何て言おうか、どう逃げようか。
――迷ってしまって、間違えて入っちゃった。
馬鹿か、通用しない。
――あなたのことが知りたくて。
事実ではあるが、これも受け入れられるとは思えない。
「杏奈ちゃんも入ったでしょう? 私はダメなの?」
これだ。杏奈も私も同じ招待客で対等であるべき存在だ。アベルは何も言い返せないだろう。
いや、すぐに首を切られるかもしれないか。
「いいえ。大歓迎ですよ」
予想を覆す答えだった。待ってましたと言わんばかりの勢いで、アベルは私を歓迎した。
「そんなに警戒しないで。何も持っていませんよ」
アベルは両手のひらを見せると、まあ、座ってくださいと私をダイニングテーブルの椅子へ座るよう促した。
「丁度、牧村が不在でして。お茶も出せませんがお許しください」
「それは別にいいけど」
「何もできなくて、情けなく思いますよ」
「そうかもね。あなたは人をこき使ってばかりだものね」
「おっと? あなたには言われたくないな〜。同種なのに」
アベルはにやりと笑った。
私はアベルから方時も目を逸らさずに警戒を緩めない。
「何を言っているのか……」
「無理しないでくださいよ。何か聞きたいことがあるのでは?」
やはり侮れない。私の顔に何か書いてあるのか? 心の中を覗かれた気分だ。
「亡くなった人達は何処へ?」
「知ってどうするんですか?」
「どうもしない。知りたいだけ」
「リサイクルしました」
「どういう意味?」
私は尋ねるとアベルはあっけらかんとした顔で答えた。
「そのままの意味ですが。基本的にゴミはゴミ箱行きですが、僕としては使えるゴミはリサイクルすべきだと思うんです。なのでその分別を知り合いに頼んでいます。そして好きに使えと」
相変わらず、まわりくどいことをいう。
私は人間の話をしているのだけれど。
人をリサイクルする、それも死んだ人間を。そんなことができる人間が内部にいるのか? 臓器売買でもしているというのか。もし国見がしていたのなら、肉料理なんて触ることは愚かみることもできないだろうが。
「ゴミね……なら、あのソファー捨てたら? 血がついているみたいだけど」
私は後ろにあるカウチソファーを指さした。そして視線をアベルに戻した瞬間、思わず息を呑んだ。
今にも襲いかかってきそうな鋭い目つき、鬼の形相をしたアベルの表情に怖気付いた私は、反射的に視線を下に落とした。
「あれは僕の宝物です。ゴミではありません」
これは怒っている時のアベルだ。低い声音に、黒く纏う見えないオーラが語っている。
「そ、そう……」
私は恐怖で次の言葉が出ず、一分ほどの沈黙が続きアベルが口を開いた。
「あの絵、ご覧になりしたか?」
アベルは怒りが収まったのか普段通りの声に戻り、私は安堵の息を吐いた。
「ええ、素敵な家族ね」
「はい。本当に大切な存在です」
「今は何処に?」
「ここに」
アベルは目を瞑り、胸に手を当ててみせた。
これ以上聞いてはいけない、踏み入っていけない、そんな気がした。けれど、何処か寂しそうで、悲しげな表情をした彼に寄り添ってあげたいと思った。アベルはたった十二歳の子供だということを改めて思い出す。
危険だと承知の上で、アベルの隣に座り抱き寄せて、背を撫でた。
こういう時は慈悲の心を持ち、優しい言葉をかけてあげれたらいいと、昔誰かに教わった。
「よく頑張ったね。よく耐えたね。辛かったね――――」
だから、そうなってしまったの? という言葉は口に出さず飲み込んだ。
アベルの家族に何があったのかはわからないけれど、彼の心の奥底にある黒いものを、少しだけでも取り除いてあげたい。そう思った。
伏せていた顔がほんの少し上を向いた。が、アベルの目は相変わらず翳っていた。――――何故?
「何様だよ。偽善者」
「え?」
背に当てていた私の手が強く振り解かれた。
「あーあ、萎えるな」
「アベル?」
「もういい。出ていけ」
先程の寂しげな表情をしていた少年とは、まるで別人だった。いつものように薄気味悪くにやりとも笑わない。アベルは相変わらず正気を失った目で私を凝視している。
だが、何度か見たことがある。あの時だ――絵を描くイベントの際、私が操り人形を描き、操り人形を語った時、拳を強く握り締めて怒っていた。皮膚に爪が刺さり血が出てしまうのではないかと、心配してしまう程、アベルは怒りを拳に溜めていた。
「アベル……どうして」
「出ていけ」
私は半ば強引に追い出され、仕方なく部屋を出た。
「まだ聞きたいことはあるのに――ゆっくり話せると思ったのに」
遅くなりました。最新話です




