表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/54

あの子の顔って


「なあ、あんた、何者なんだ?」

「……どういう意味ですか?」

「いや、今朝の事件を見て、よくあんな平然としていられるよな」


 ああ、そっちか。

 そう見えていたならよかった。

 あの場では、六日間でできた友情は崩れ、人を殺し武器を手に持った青年は、間違いなく私の敵だった。

 そんな敵に油断の隙を見せたくない。

 興奮状態で武器を持った敵にほんの少し恐れ、冷静に見えるよう虚勢を張っていたことがバレていないのなら、よかったと胸を撫で下ろした。

 そして、目の前にいるこの男もまた私の敵である。


「葵は別に、怖くないです」

「そうか? 俺は時々あの爽やかな青年が怖く見えるよ」

「何故ですか?」

「何考えるのか、わからねぇからな」

 

 ああ、と悟った。

 最初はただの馬鹿と思っていた葵は、意外にも知恵があり、思いやりがあり、人を愛する心を持っていた。その反面悍ましい顔も持ち合わせていたが。それを知った時、葵もただの人なんだとがっかりした。


「そこまで私に話してもいいんですか?」

「おっといけねえ。これ以上は怒られちまう」


 国見はキョロキョロと周囲を確認して、「それ、食べ終わったら下げてくれよ」と一言残し、部屋を後にした。


 まあ、良くも悪くも素直な人なんだろうな。

 怒られちまう、というのは恐らくアベルにということだろう。私には関係ない話だが。寧ろもっと話してくれた方が都合はいいが、この館での生活も明日で最後。余計なものは取り入れなくてもいいだろう。



 昼食を食べ終えて空になった皿を下げに一階まで降りた。その間誰ともすれ違うことなかった。無論命を狙われることもなかった。

 一階のフロアは何事なかったかのように、血の一滴残らず死体も片付けられていた。流石牧村だ、というべきか。

 強いていうなら、柱に残った釘の跡が残っていること、赤が差し色のペルシャ絨毯が回収されていた。

 そのことから、今朝あったことは現実なんだと実感する。

 ほんの少し漂う鉄の匂いが今朝の記憶を更に甦らせる。


「疲れた」

 つい、心の底の言葉が口を突いて出た。

 ふと視線を感じ辺りを見渡すが、人の気配がしない。


 ――――誰?


 そう思った時、その視線が生き物のものではないと気がついた。


「ハッ、何見てるの?」

 無論、反応はない。

「私、貴方達が嫌いなの」

 ソレをグッと睨みつけた。

「サリエルだっけ? それは好きよ。まあ、どうでもいいけど」


 人によっては妖艶の如く美しいなど、腑抜けたことを抜かすだろうが。私には人を欺くもの、胡散臭い存在、悍ましいとしか思えない。

 私は遂に頭がおかしくなってしまったのか、と頭に手を乗せた。羽の生えた人形のオブジェに話しかけるなんて。


 ――いいえ。私は正常だ。

 後一日乗り切ればいいのだから、心が軽いものだ。


 フロアで立ち尽くしていても、誰も部屋から出てくる気配がない。


「静かだな――」


 まるで嵐の前の静けさのように。ここに最初から人が居なかったかのように、物音一つしない。館内はシーンと静まり返っている。

 あんな事件が起きた後で、部屋で自粛するのが正しいのかもしれない。散歩がてらと誰もいないだろう談話室へ向かった。



 談話室の部屋に入ると、案の定誰もいない。

 相変わらず陽の入らない部屋は少しカビ臭い。古書店の匂いと一緒だ。

 昔、年下の男の子と一緒に行ったことがある。小さいお店だったけど、いろんな種類の本があった。

 その子は本が好きで、よく隣で推理やファンタジー、恋愛小説まで幅広く読んでいた。

 懐かしいな、とノルスタジックな気分に浸る。


 その子の影響も受けてか、私はよく本を読むようになった。私の人格が出来上がったのは、そのおかげとも言えるだろう。世の中には色々な人がいる、今は多種多様性の時代。本を読めば、こういう人もいる、とすんなりと受け入れられるようにななった。

 そして、自分はこういう人になろう。と道標となった。

 本はいつも私を正しい方向へ導いてくれるものだった。


 この部屋の本棚をまじまじと見たのは初めてかもしれない。

 その子が読んでいた本の内容までは覚えていないけれど、見覚えのあるタイトルや表紙が並んでいた。


 大した記憶力を持ち合わせているわけではないが、以前杏奈に話した物語の本までこの部屋に置いてある。

 あれは、あの子にお勧めされて読んだ本だった。


(趣味まで一緒なの……流石ね)


 あれ? あの子、どんな顔してたっけ――――。


 談話室を後にして部屋へ戻った。

 スマホを見たり、呆けてみたり、窓の外を眺めて、陽の色が変わるのを眺めて時間を潰した。


 それでもやっぱり暇には変わりなかった。

 暇は嫌いじゃない、けれど暇を持て余して自分が腐っていく感覚は嫌いだ。


 私は、はたと思い出した。杏奈はどうなったのだろう。母に挨拶が出来たのだろうか。あの様子ならアベルは杏奈に恵に会わせることはしないか。


 アベルが杏奈の手を繋ぎ、禁断の部屋に入っていく様子が脳裏で再生された。

 あの部屋には何があるんだろう。あの部屋は何故、絶対に入ってはいけないのだろう。


「ああ、いいことを思いついた」


 あの部屋に行こう。

 どうせ明日で最後だし、少しお邪魔するくらい許されるだろう。

 ただ、アベルが部屋にいるかもしれない。となると門前払いされる可能性があるが、もし、門前払いを食らったら、また別の時間に再度試そう。

 いや、門前払いの前に殺されるかもしれないのか。まあアベルは直接自分の手を汚すことはしないだろう。

 あの部屋にも鍵は付いていないはずだ。一度ノックをして、返事がなければそのまま入ろう。

 


 そうと決まれば、私は黒い服に着替え、部屋にあるサバイバルナイフをポケットに突っ込んだ。

(何かあった時の保険だ)

 これを使わないことを願うが。

 もう一つ、スマホをマナーモードにしてポケットにいれた。

 準備をしながら私は思った。――――犯罪者になった気分だ。


 そして、アベルの部屋へ向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ