美しいもの
私達は国見啓介と別れた後、昼食の時間が迫っていることに気付き、早足で食堂に向かう途中。
「まさか、あの人が生きていたなんて……」
思いもよらない展開だった。
騙された、そんな気分だ。最近は特にプライドを傷つけられる。葵と恵の件といい、私の知らない所で事が進んでいることが凄く気分が悪い。虫唾が走るほどに。
「すごいびっくり! でも私達のご飯作ってくれていたなんて、今までよくバレずにいたよね」
「気にはなっていたけれど、関心がそこになかっただけ」
私達は館内をもっと把握する必要がある。
「そうだね、あんな美味しいご飯作れるなんて」
重要なのはそこじゃない。館内の出来事をことごとく知り尽くさなければ。
「まあ、なんにせよさ、生きててよかったじゃん」
葵の言葉にとりあえず頷いておく。
よかった、のか? 彼は死んでいなかった、生きている。
ああ、そうか。
葵の言葉が頭の中で反芻した。『生きててよかったじゃん』
そうだ。生きててよかったのかもしれない。
彼をこちら側につければいいんだ。誘惑、同情なんでもいい、彼の感情を動かす何かで、私の味方になりさえすればいいんだ。
生きている、ということはそれが可能ということだ。
彼なら私が最後まで生き残る鍵を握っているかもしれない。
国見啓介、私が最後まで生き残るための手段にすればいい。
食堂でそれぞれ席に着くと、私達は昼食を囲んだ。
素知らぬ顔でロールキャベツを口に運ぶアベルだが、国見啓介が実は生きていた、という事実を私達が知ったことは既に耳に入っているだろう。
事件の真相や、この館での出来事を常に把握して動いている人物はアベル、牧村しかいない。
既に知った上で、たった十二の少年が違和感のない平然とした態度なのだから、大したものだ。
昼食を終えて、私達は皆談話室へ移動した。
今日は誠の趣味を皆で共有するというイベントがあるからだ。何故このイベントを開催したのかは不明のまま。
部屋には九個の椅子とキャンパスが用意されていた。
席は自由に座った。部屋に入った順番で、私の左隣には杏奈、右隣には誠が座った。
談話室は小さい部屋といっても、この館は普通より大きいので、アベルを含む十人が余裕で入れる広さだ。
「皆さん、お集まりいただき誠にありがとうございます! こうして全員揃うと家族のようですね!」
どの口が家族などとほざいているのか、と心の中でツッコミを入れる。
「私は以前から芸術が好きでして、誠さんの絵には感銘を受けました。先日描いていたのは、えーと」
「ちょ、蝶です」
「ああ! そうでした! 美しい黒の蝶」
黒の蝶――黒いだけの塊、色のない蝶、それの何が美しいのか、私には理解できないが。
「クロアゲハです」
「そうでしたね! クロアゲハ!」
誠の描いたクロアゲハに感銘を受けた、といったが本当にか? と疑ってしまうほど無知なアベルに思わず苦笑する。
「今日は皆さんに『美しいもの』を描いていただきたいのです! 例えば、花やブランド品、本に出てくる王子様、それと、死体とか――」
私はアベルをギロリと見た。私だけでなく、アベルは全員の視線を集めた。
死体が美しいなんて、縁起でもないことだ。この館では普段見ることのない他人の死体や身内の死体が毎日当たり前のように出ているのだから。
「冗談ですよ! 美しいと思うことは素晴らしいことです。美しいものが、嫌いな人はいないはずです! 皆さんは、勿論美しいものが好きですよね? 僕も大好きです! 皆さんの美しいを是非僕に見せてください。そして共有しましょう!」




