ただの子供
「既に罪を犯している人間、即ち生きる価値のない人間。みなさん、普通の人の仮面を被るのは得意でしょ?」
ただでさえ薄暗い館の中で、信じられない事実を告げられて更にどんよりとした空気が充満し、外が雨のせいか更に暗さが増した。
ふと、杏奈に視線をやる。
これだけの事実が判明し、さらに父が死んだというのに普段と何一つ変わらない表情で情けをかける気も失せた。
家族といえど所詮は他人。一応同じ血が流れているだけの他人。
杏奈は子供だ。この幼い、たった九歳の子供まで殺人を犯すとは考えにくい。
残酷な場に偶然居合わせてしまった弱い子供。哀れな存在。
ならば一言かけてあげるのが大人の役目。例えそれがお世辞でも、この子の心には残るはずだ。
誰も行動を起こさないなら、私が。
「杏奈ちゃん……お父さんに会いに行こうか」
ああ、気づいてしまった。無表情ではなかったのだ。
ただ自我を殺し感情を殺し歯を食いしばり耐えている、ただの子供だ。
目が悲鳴をあげている、アベルと低俗な大人たちに巻き込まれた可哀想な存在。
杏奈はコクンと頷くと私の手を取り、お父さんの元へ向かった。
その足取りは重く、一階から二階へたったそれだけの距離なのに、いつもより数倍長く感じた。
「お父さんはね、冷たい人だと思ってた。だって私がお母さんに怒られてても、何も言わない。でも何も言わないから好きだった」
ひどく震えた声で本音を漏らす杏奈に、私は頷くことしかできなかった。
かけてあげられる言葉が、いくら脳内を探しても見つからないのだ。
自分の好きな人が死ぬ――。
私にはそんな経験がない。いっそ、そうなった時の取扱説明書があればいいのに。
杏奈の部屋の扉は開いていた。
女の人の啜り泣く声が聞こえ、それが恵だと察した。やはり、創は死んでいるんだと確信する。
恐らく賢い杏奈も同じく理解しただろう。
いくら独親でも、冷血な親でも、彼女にとって父親は父親だ。
その存在が大切なのか、厄介と思うのか、どう感じるかは人それぞれで、いくら嫌いだとしても彼女は血の繋がった家族に情はあるのだろう。
杏奈の部屋には初めて入るが、優作と舞香の部屋と対して変わらない。私達が泊まる一人の部屋よりも少し広い。
今回の殺人で血は流れなかった。
目の前にいる織田創が真っ青な顔をして、仰向けで倒れている。
首には何かで締められた跡が残っている。床には、部屋に元々あったであろう粗末なロープの細かい糸屑が落ちていることから、ロープで首を絞められたことが窺える。
死因は違えど、証拠の残り方が舞香の時と同じだ。
「お父さん――――」
ゆっくり一歩ずつ、創に歩み寄る杏奈の背中はを見て、この子はまだ小さい子供だと、再確認をした。
杏奈が何度「お父さん」と呼んでも返事が返ってくることはなかった。
隣で葵に縋りながら泣き崩れる母親と違って、杏奈は我慢しているのだろうか。
時折、子供の方が大人に見えることがある。
例えば、スーパーのレジで店員にクレームをいう大人。その横で黙って帰りたそうにしている子供。
満員バスの中で、座っている学生に対して、老人を労われと、でかい声を張り上げる大人。すみません、と謝罪をいれ、席を譲る学生。
そんな光景を目にする度に、どちらが大人なのだろうと疑問に思うことがある。
たった九歳の杏奈が聡明に話す様子に、気味が悪いと思うのは事実だが。母親は馬鹿みたいに若い男に縋り、泣き崩れているのに、子供は涙を堪えて静かに父の手を握る様子を見ていると、今までもこんなことがあったのではないか、杏奈は感情のコントロールをせざるおえない環境で育った子供なのではないか、と少し同情する。
感情論だけで、どうにかなる世界に自分は属していないということを、この子はたった九歳にして既に理解しているのだ。
「今まで、ありがとう」




