真実か虚言か
『それは、皆さんが殺人犯だからではないでしょうか?』
その言葉に食堂の空気が凍りついた。
ライオンの檻の中に一匹のうさぎが閉じ込められたかのごとく、全員の視線がアベルに向けらた。
隣座る私にまで、背筋が凍るほど皆の鋭い視線が伝わる。
「まるで針の筵だな! 安心してくださいよ、ここでは罪が問われることはありませんから」
「な、何をいってるのか」
謙は苦笑した。
「日本では、年間約七万人の行方不明者がいます。いつ、誰が、どこで死のうが、わからない。追いつかないんですよ。ほら、日本て広いでしょう? きっとほとんどの人が、まともな人なら殺人はしない、と思うはずです。近所の住民も友人も家族ですら、ここで人殺しがあったなんて気づかないんです。でも――――まともだろうが、イカれていようが、する人はするんですよ、殺人」
アベルはオレンジジュースを啜ると、話を続けた。
「以前も言いましたけど、バレなければいいんですよね。殺した理由なんて興味ありませんけど、それなりの事情があるんでしょう。お気持ちをお察しします」
「何いってるんだよ、俺たちは殺人なんてしていない!」
「そうだよ。そもそもパパは医者なんだから、人の命を助ける仕事してるのに、殺そうなんて考えないよ!」
謙の反応に合わせて瑠夏が声を張り上げた。
「そうですか、それだけ誇りに思っているんですね。では、人を助ける仕事をしていて、何故優作さんを殺したんですか?」
ハッとした。
まさか、謙が? 瑠夏の父親が?
優作を殺した犯人?
いや、なんの証拠もない。アベルが嘘をついている可能性もある。謙を信じる義理はないが、瑠夏があれだけ尊敬している父親だ。瑠夏を信じると思って、ここはアベルの言葉よりも瑠夏の言葉を――。
「これは僕の予想ですが、謙さん。貴方に奥さんは居ませんよね」
「ええ、まだ瑠夏が幼い頃に他界しましたから」
「他界ですか――。あなたは、奥さんを愛していましたか?」
謙は目を細め相手を警戒するように、「とても」といった。
「でしょうね。奥さんに似た娘まで、愛してしまうのですから」
目の前で何が起こっているのだろう。
今、私はこの場にいてもいいのだろうか、聞いてはいけない話をしているのではないか。
「何故優作さんを殺したのか――――それは、愛した娘が他の男に犯され腹が立ち、殺した。違いますか?」
「アベルやめて! パパがそんなことっ!」
徐々に青ざめていく謙の表情と、驚きのあまり口を塞ぐ瑠夏。
だが、犯されたに対して否定はしないということは事実なのか。
「証拠はありますよ。優作さんと舞香さんの部屋を掃除する前に指紋を取りました。別に咎めませんよ。だって、ここは『殺人が許された館』ですから。だからテーブルに血のついた手を残したんでしょう? どうせ尖れられない、と。『犯人探しなんて無駄な時間だ』という僕の言葉に安心したんでしょう?」
訳がわからない。今、何が起こっているの。
謙は右手で口元を塞ぎ、立ち上がると、椅子を戻さずに凄い勢いで、食堂から出て行った。
「こんな場所で言わなくてもいいじゃない! パパが可哀想だよ!」
瑠夏は父を庇って、怒りの矛先をアベルへ向かられた。
「残念ながら、舞香さんは自殺でした。ですが、そのきっかけを与えたのは、貴方ですよ。瑠夏さん」
「は?」
「一昨日、舞香さんが死ぬ前日、自分が犯されたことを舞香さんに伝えたんじゃないですか? 婚約者である優作さんがそんなことをしていたとは、知りもしなかった舞香さんは自暴自棄になり、そんな男の遺伝子をもって産まれてくる子供を愛せるだろうか、とお腹の子供ごと死の決意をしたのでしょう」
「嘘でしょ……私のせい?」
「まあ、きっかけは与えましたね。これは死ぬ前に本人から直接聞いた話ですから、残念ながら事実です」
瑠夏はその事実を訊き、両手で顔を覆うと、子供のように泣き始めた。
一昨日ってことは、私と一緒に舞香の部屋に行ったとき……いや、でもその話は止めたはずだ。
なら何故、優作が女関係にだらしないということを知っているの?
いつ? 瑠夏は話したの――?
「でも、安心してください。罪を咎めるつもりはありません。好きなようにしてください。ここに殺人鬼が集まっているからといっても、もう既に罪を犯している人間、即ち生きる価値のない人間。みなさん、普通の人の仮面を被るのは得意でしょ?」




