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殺人犯達

 アベルと話しをしたい、ずっとそう思っていた。

 私達は何故、この館に呼ばれたのか、真の理由を聞きたかった。本当にアベルが優作を殺したのか。何故、私にそんな目を向けるのか。


 たった十二歳の少年が学校にも行かず、友達と遊ばず、勉強もせずにこの屋敷に留まり続ける理由は、何か――。


 ただ単純に質問したいだけなのに、彼を前にすると頭の中が降り積もった雪のように、真っ白になる。

 同時に手玉に取られているような感覚、アベルの威圧的な態度と予想外な回答に毎度呆然としてしまう。


 知りたいことを何一つ、聞けない。

 いつかは聞くことができるのだろうか。何も聞くことのないまま、死ぬことはできない。それだけは避けなければ。


「つまらない、か……そうかもね。でも人の願いなんて、様々、そうでしょう?」

「ええ、そうでしょうね。ただ、美紀さん。今の貴方はあまりに普通すぎる」

「普通って何?」

「なんでしょうね」

「……あなたは、私に何を求めるの?」


 この会話に、着地点はあるのか。

 彼の質問の意図は不明のまま、短いようで長い沈黙が続く。


「美紀さんにとって、死、とは何ですか?」


 死、か…………。

 考えたことがない。何故か、それはこれまで考える必要がなかったからだ。

 ここ()へ来て尚、私はそれを考えたことがない。

 どの答えが正しいのだろう。

 一般的な、死――とは。


「脳の機能が完全に停止し、蘇生不能な状態に陥ること……?」

「なるほど。それが貴方の答えですか」

「そうだよ」


 これが正解に違いないとし、答えた。

 会話の最中、私から目を逸らすことなく凝視していたが、げんなりした様子を見せ、「わかりました」と吐き捨てるようにいうと部屋を後にした。


 タイミングを少し遅れて私も部屋を後にした。


 せっかくアベルと話す機会を得たのに、なんの収穫もできなかった。

 私が質問する隙すら与えてくれなかった。あるいは私が怖気付いて聞けなかった、のか?


 いや、全く収穫がなかった訳ではない。アベルだけではない。

 物語を話していた時、杏奈が見せた表情は子供のアレだ。

 動物園に行ったときや、海外のホラー映画を観た時、ぬいぐるみをプレゼントしたときに見せる表情。とても既視感があって懐かしく思えた。


 今までの賢く振る舞う杏奈は気味が悪く、可愛くない子供だと思っていた。しかし、体を前のめりにして、それで、次はどうなるの、と物語に興味津々の杏奈に、心底安心した。


「いつか結末を教えてあげないとね」


 部屋へ戻る途中、瑠夏と葵に出くわした。二人は何やら、思い悩んだ表情で立ち竦んでいる。

 

「あ、美紀さん」

「どうかしたの? 浮かない顔してるけど」

 と私が聞くと。

 瑠夏と葵は視線を下に落とし、ゆっくりと口を開いた。


「実はさっきめぐみさんと会ったんだけど、朝食の後、創さんと喧嘩をして部屋を出て行ったきり帰ってこないらしい」


 今まで葵は私に敬語を使っていたが、つい先日それを解除した。理由は必要がなくなったからだ。元々同い年だった私達に上下関係なんてないし、年下の瑠夏が私にタメ口なのに、葵だけが私に敬語というのも可哀想だと考えた。

 むしろタメ口で話してくれた方が楽なのだ。


「そうだったんだ」

「でも、そろそろ昼食の時間じゃん? 流石にお腹は空くし、食堂には来るでしょ?」と瑠夏がいう。


「うん、そうだよね」

 瑠夏の前向きな言葉を受けても、葵は浮かない様子だ。


「葵くん、大丈夫?」

「ああ、ごめん。大丈夫! ただ、めぐみさんが悲しそうな顔をしていたからさ」


 まるで、想い人でも考えるような柔らかい表情で、心の底から心配しているのだろう。

 その相手は、創か――。恵か――。

 目の前にいるこの青年は、本当にお人好しなのだ。

 

 食堂はつくと、既に六人が席に着いていた。

 現在、十一時五七分。私達もそれぞれ席に着くと、タイミングよくアベルも現れた。

 

 普段、誰よりも神経を尖らせ、目を光らせている恵が、今は大分大人しくなり、浮かない表情を見せた。

 十二時を過ぎても、創は来なかった。


「創さんは、どうされたのですか?」

「…………わかりません」恵が答える。


「困りましたね〜、死にましたか?」

「ちょっと! なんてこというのよ! まだ小さい娘がいるのよ!」

 アベルに対して、恵が声を荒げた。

 それに賛同するかのように、葵も声を張り上げた。

「アベルさん! 言って良いことと悪いことがあるでしょう!」


「いやはや、失礼しました。まあ、落ち着いて。他の方々は何か知りませんか?」


 皆首を横に振る。

 先程まで私はアベルといたのだから、知るはずもない。そもそも私は創と接点がない。


「そうですか。では、牧村探してきてくれ。皆さんは先に昼食を食べましょう」


 そういって促し、私たちは昼食を満足に平らげた頃、牧村が一人で戻ってきた。

 表情からは何も読み取ることが出来ず、緊張感が走る中、私たちは牧村が言葉を発するまで待った。


 今回もか、と結果がわかっていることに対して私は目を瞑った。


 だが、恵はそうではなかった。

 指を組み祈るポーズで、牧村の言葉を出し終える最後まで、一文字も聞き逃さないように、耳を立てていた。


「織田創様は、亡くなりました。元より国見啓介様が宿泊される予定だったお部屋で、何者かによって、首を締められていました」


「嘘でしょ!」

 馬が走り出したような勢いで食堂を出て行く恵。後を追うかのように葵が走り出した。

 突然、菊が口を開く。


「どうして……どうして、こんなことばかり起きるのでしょうか……」


『それは、皆さんが殺人犯だからではないでしょうか――?』


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