四人の探偵
本がたくさん並ぶ部屋の扉を開けた。
案の定、瑠夏と葵がいた。そしてもう一人、何食わぬ顔でテーブルを囲む椅子に座る誠がいた。
葵は私に手招きして、空いている椅子に座るよう促した。
「待っていたんですよ! 美紀さん」
「待っていた? なぜ?」
「気になりませんか? 犯人」
犯人とは今朝の事件、優作を殺した犯人のことか。
もし、この中に犯人がいたなら、本音で話すのは危険な気がする。だが、胸中を全て見せる必要はない。一人より二人、二人より三人。味方は多い方が有利であると判断した私は適当に話を合わせることにした。
「うん。気にはなる」
「だから、僕達で探しませんか? 犯人を」
子供の探偵気取りか、と小さく鼻を鳴らした。
「探してどうするの? 懲らしめる?」
「いいえ! 恐らく犯人は大人の男性、僕たちはまだ子供ですよ? 一人で立ち向かうことはできないと判断しました。なので、警戒をしましょう」
その判断は正しいといえるだろう。
女はもちろん、葵と誠も男とはいえ成長期の学生。一対一になった時、体の大きさで勝負をしたら勝ち目はない。
「犯人てさ、誰なんだろう?」と瑠夏が訊く。
「僕はやっぱり招待客の中に犯人がいると思う」
「大人の男性……」
誠はペンを握ると、一枚の真っ白い紙に名前を書き始めた。
「織田創……斉藤時治……後は……」
誠はペンを止め、落ち着きなくキョロキョロと目玉を動かした。それは誠だけではなく、葵もだった。
この場で口に出してもいい名前なのだろうか、と瑠夏の様子を窺う。
それに気づいた瑠夏が呆れた顔でハッと笑った。
「パパ? あり得ない! だって医者だよ? 誰よりも命を助けてる人が人を殺すわけないじゃん!」
本当にそうだろうか。
人の本心、本質、欲望とは案外わからないもので、意外とバレないものだ。それがたとえ家族だとしても。寧ろ家族だからこそ遠い存在になることもある。心に秘めためのは本人以外、他の誰もわからないことだ。
「まあ、いいよ。パパの名前、書きたいなら書けば?」と瑠夏は怒り気味でいうと、誠は容赦なくペンを動かし東野謙、と書き足した。
「三人か〜かなり絞れるな」
「いっておくけど。パパはありえないから! ずっと私と寝てたし」
「はいはい。となると、時治さんは体力的に厳しい気がするんだよな〜、それに優しそうだし、殺人なんてできなそう」
「ですね。ぼ、僕も同感です」
葵の意見に誠も頷き共感する。
「じゃあ、創さん?」
「動機は?」瑠夏が訊く。
「多分、ないよね。そもそも二人が話してるところ見たことないし」
「正直さ、優作なら殺されて当然ていうか。こんなこといったら罰当たりだけど、浮いていたよね〜」
「それは……僕も思う。なんていうか、変態だったよな」と葵は目を下に落とした。
「どういうこと?」
私が訊くと、誠が話し始めた。
「い、嫌な気分にさせたら御免なさい。優作さん、美紀さんや瑠夏さんのこといやらしい目で見てました。それもずっと」
「婚約者がいるのに最低だよ、あいつ」
葵がいた。
「私気づいてたよ〜。まぁ、私はよくあることだから別に気にしてはいなかったけど、行いが悪すぎたね〜だから殺されて当然てこと!」
殺されて当然の人間、か。
確かに優作は招待客の中で、浮いていた。切迫詰まっているというか、余裕がないような。常に何かにイラつき、人にも物にも、見えるもの全てに八つ当たりをしていたように感じた。
周りに直接的な危害を与えていなくとも、ある程度の精神的ストレスは与えていたに違いない。
「あ、あの……僕はアベルさんが犯人だと思います」
ペンを置いて小さく手を上げた誠に「アベルが?」と瑠夏が訊く。
「ま、まず、この館で殺人は二度起きています。一度目は国見啓介さん。あれは多分僕たちに見せつけるための演出にすぎないと思います。ですが、それによってアベルさんは前科があります。そもそも最初に殺人を言い始めたのはアベルさんです。本当は自分の手を汚さず、僕達に自ら殺し合いをさせたかった。ですが、なかなか行動に映さないので痺れを切らし、アベルさんは牧村さんを使って順番に僕達を殺すのではないでしょうか」
「順番にって……じゃあ、明日も誰か死ぬ可能性あるってこと? そもそもなんで私達に殺人をさせようとするの?」
瑠夏の質問に誠は言葉を続けた。
「明日というか、今日、今だって殺人が起きる可能性はあります。僕たちの宿泊日数は六日間なのですから。ゆっくりとしてられないでしょう。殺人をさせる理由は分かりません。これから考えていくしか……」
「じゃあ、手形は? アベルにしては大きすぎるだろう?」
「それはア、アベルさんが殺したわけではないからだと思います」
「どういうこと?」葵は唖然とした。
「犯行は牧村さんがしたということです」
牧村……アベルの世話係。
確かに年はいっているが、背も高く力もある大人の男としては有力な犯人候補といえるだろう。
「牧村さんは時代に見合わない執事のような方です。アベルさんに抱く、何か特別な感情があるはずです。それが家族なのか、孫なのか、お仕えする王のように慕っておられます。王の命令に背くことなく、王を護衛する騎士かのように。そして剣道七段という実力者です、素人目でもわかるほど強い。ゆ、優作さんがアベルさんに殴りかかったときの剣捌きを見れば一目瞭然です」
「なるほど」葵は納得したように頷く。
「よって、アベルさんは何らかの理由で『優作さんを殺せ』と牧村さんに命じ、牧村さんが犯行に及んだ、というのが僕の推理です」
一理ある、といえるが、正直穴だらけの推理に納得することは難しい。
まず、優作の死体を見た時、アベルは「まさかこんな早い段階で殺人が起きるなんて」といっていた。言葉と反応を見るに、多少驚きはしたけれど想定内で、寧ろ望んでいたと窺える。
誠は殺人が起きないことに痺れを切らした、と推測しているが、アベルは思ったより早いな、と考えたのだろう。
これは初めて見た人の反応で間違いない。たとえサイコパスだとしても。
あれすら演出だとしたら、アベルは大した演者であるといえる。
「まあ、優作さんはアベルと牧村さんと揉めてたし、その線はあるね」
「はい」
誠はよく人間観察をしている。彼の洞察力と推理には驚いたが、正直、腑に落ちない点が多すぎる。
もし、私たちが知らないところで殺すキッカケがあったとしたら? 招待客が人を殺すことに躊躇しない犯罪者の集まりだとしたら?
このがんじがらめの館で、犯人は今も仮面を被ってのうのうと生きている。
会話でオドオドしてるのが誠です。
はっきりとしてるのが葵です。
どちらも敬語なので
誤字報告ありがとうございます。助かっております。なるべく誤字脱字無くすよう努力します。