整う箱庭
数ヶ月ののち、皇国には華やかな日が訪れていた。皇太子と姫巫女の結婚式が行われたからだ。
国民は初めて見る皇太子と姫巫女のうつくしさと、表情にすら滲む聡明さに、今後の行く末が良いものと確信すらしている。
そこここでふたりの話題に湧いていた。
市井を楽しげに歩くオルサの髪色は今は擬態によってかつての柔らかな栗色だ。そこいらのありふれた女の子のように屋台の食べ物を選びきれずに悩みながら通っていく。
「神が食べているところを見たことがあります?」
あきれた声音になるはずが拗ねたようなものになったことにオルサもきっと気づいたことだろう。きょとりとした顔が次には破顔して、フィーニスの手が取られる。
「戻ってフィーニスも一緒に食べるのよ。レギリオの市井では見たことのないものだってたくさんあるもの、それにアルブスさまは一緒に食べてくださったこともあるし」
「……聞いたことございませんが」
「言っていないもの。だから今度はみんなで仲良く食べたいの!」
だからどちらがいいか選んで、と、オルサが二種にまで絞った候補をフィーニスに見せるために、お目当ての屋台にまで手をひく。
結局ひとつはオルサが、もうひとつはフィーニスが選んだこととして持ち帰るのだけれど。
あまり食に興味のないフィーニスも、一緒に食べるとついつい食べ過ぎてしまうこともよくあることだ。
初めて神のふたりとものを食べたな、と、思いながらまた十数年はふたりきりで過ごすことを楽しみに、フィーニスはまたひとつ手を伸ばした。
次期皇帝夫妻に子ができれば、それに合わせて人形を作るのでふたりきりの時間はなくなってしまう。
人形といえばフィリウスは大いに役立ったようだ。ウルティカを取り込んで盛大に燃えて脅威を消し去り、アゼーナは王国コテリオの本物の聖女となった。アゼーナが生きている限り国に手は出さないと、一方的にとはいえ約束をしたのだから、守るつもりではいる。
暗示がゆっくりと溶けていって、そのあと気の狂うことがあるのか知れないが、強心そうではあったので大丈夫だろう。
小さく笑って滅びへの種は蒔いたのだし、と、それきり気にすることをやめた。やめた一因にはオルサが「これとてもおいしいわ」とフィーニスに手ずから食べさせてくれたこともあるけれど。
「本当、とてもおいしいです」
「でしょう、また買いに行きたいわね。他にもたくさんおいしそうなものがらたくさんあったもの」
「ええ、ぜひ。近く参りましょうね」
わたくしたちのお庭に。
古いながらも愛おしいあの地に思いを馳せて、フィーニスはオルサにつられるように、にこりと笑んだ。
まだ当分、箱庭でともに遊べることを喜ぶ、心からの笑みで。