青嵐と毒霧
軽い残虐描写が有ります。
ドリアード聖王国の西部に広がる、かつて美しかった穀倉地帯は、今やエイシン国が投入した最新兵器「万象機甲」の無機質な駆動音と、立ち込める黒煙に支配されていた。
万象機甲を纏ったエイシン国の先鋒部隊が、不気味な重低音を響かせながら聖都への進撃を再開しようとした、まさにその時――。
「――皇国の力を、侮るな!」
ジーク・シルフィード率いる「蒼天碧流騎士団」の参戦、そして学園の「先行組」の戦場降臨により、それまで破竹の勢いだったエイシン国の侵攻が、目に見えてピタリと停止した。
ジークの「風神の加護」をベースとした集団防壁陣形は、万象機甲部隊が放つ一斉魔導砲撃を「絶縁・減衰の暴風」によって完全に吹き飛ばし、味方の戦線に絶対の安心感をもたらした。
「正面の敵部隊は、私たちが引き受ける! みんな、ついてきて!」
カレ・ミディムが勝気なポニーテールを揺らしながら、最前線へと飛び出した。
彼女の持つ「土」のギフトが、大地に深く突き刺さる。
「沈みなさい! ――「泥濘の檻」!」
カレの叫びと共に、エイシン国部隊の足元の強固な地面が、一瞬にして底なしの液状化沼へと変化した。
「な、何だと!? 地面が……!」「万象機甲の重量が仇となって沈んでいくぞ!」
足場を完全に奪われ、身動きが取れなくなったエイシン国の兵士たちが動転する。その絶好の好機を、血気盛んな若き天才たちが逃すはずがなかった。
「右翼は俺がもらうぜ! ――「烈火の暴風」!」
デカマギア・アカデミーからの編入生、エンホウ・ガロウが、爆発的な推進力を背中から噴射し、右翼の空を縦横無尽に駆け巡った。彼は空中で反転しながら、高火力の炎を液状化沼に捕まった敵部隊へと正確に叩きつけていく。
「左翼、行きます」
専属侍女、ミーナが静かに呟いた。彼女の「木」のギフトが発動し、周囲の植物や大地に宿る生命の力を自身の肉体へと爆発的に転化、身体強化の極致へと至る。
ミーナは一歩の踏み込みで地を割り、そこらの騎士では太刀打ちできない超高速の体術をもって左翼の地を駆け抜けた。万象機甲を素手で歪ませ、武器を叩き折り、敵を次々と戦闘不能にしていく。その姿はまさに、戦場を駆ける可憐な戦神であった。
敵の本陣が動揺し、前線が混乱に陥る中、戦場の遥か奥側から爆発音が響き渡った。
「おやおや、本陣の警備が手薄だねぇ。ちょっとお邪魔するよ?」
チャラ男の演技を完全にかなぐり捨てたフォックス・シルフィードが、自身の「風」のギフトを極限まで応用した「風の糸」を張り巡らせ、エイシン国部隊の奥側を縦横無尽に撹乱していた。音もなく気配を消し、指揮官たちの魔導通信を物理的に切断し、補給物資を爆破する。フォックスの神出鬼没なゲリラ戦術により、エイシン国軍の指揮系統は完全に麻痺しつつあった。
「フォックスが道をこじ開けたぞ! 海琉兄様、今です!」
「ああ、いくぞ風花殿下! 我が家の犯した汚名、ここで完全に雪ぐ!」
救われた恩を皇国に返すため、そして自らの誇りを取り戻すために前線に立つ海流が、両手を天に掲げた。
彼の持つ「火」のギフトが爆発し、戦場の中央に巨大な炎の渦が発生する。
「燃え盛れ、我が不屈の意思よ!」
「お兄ちゃんを蔑む害虫ども……まとめて吹き飛びなさい! ――「神風の狂瀾」!」
カイルが発生させた激しい火炎を、風花が自身の圧倒的な「風」のギフトによる暴風で包み込んだ。
暴風は火炎を吸い込み、巨大な「火炎竜巻」へと急成長しながら、エイシン国の本隊へと突き進んでいく。風花の兄への狂信的な愛情(ブラコンの怒り)が乗ったその暴風は、遮るものすべてを焼き尽くし、消し飛ばすほどの威力を誇っていた。
ドゴォォォォン!!!
凄まじい熱風と衝撃波が戦場を支配する。
エイシン国がこのドリアード聖王国に侵略を開始して以来、防衛線を破られ続けていた聖王国側だったが、この一撃により、エイシン国部隊を「はじめて後退させること」に完全成功したのである。
「やった……! エイシン国が退いていくぞ!」
聖都の防壁からその光景を見ていたソフィア王女が、興奮の声をあげる。皇国の若き獅子たちの圧倒的な実力は、絶望に満ちていた聖王国に、確かな勝利の光をもたらしていた。
場所は変わり、ドリアード聖王国の狂騒から遠く離れた、皇国領の中枢――宮廷府西監獄。
ここは、一般の犯罪者ではなく、国家を揺るがすような政治犯や機密を握る重罪人を、極秘裏に収容するための文字通りの「闇の檻」であった。
地下深く、冷たい石壁に囲まれた独房の奥。
元東辺境伯家政務長であり、メディチス財閥からの賄賂やエイシン国への機密漏洩の罪で投獄されていたルシアン・バルテルは、鉄格子の向こうを見つめて嘲笑を浮かべていた。
「フン、蒼真めが皇太子になったとて、メディチス財閥やエイシン国が動けば皇国などひとたまりもないわ。サレが捕らわれ、私をここに幽閉したとて、すべては手遅れよ……エイシン国が侵攻すれば、すぐにでも解放されるだけの事」
バルテルが独白した、その瞬間――。
パチパチ、と地下監獄の魔導照明が不自然に明滅を始めた。
「な、何だ……? 警備兵、おい、何が起きている!」
バルテルが叫ぶが、通路からは何の返答もない。ただ、肉が焦げる嫌な臭いと、カツ、カツ、と静かに近づいてくる靴の音だけが響いてくる。
監獄の通路に現れたのは、亡命したはずのシェイラ直属の部下たちであった。
中央宮廷府の警備兵たちを音もなく瞬殺し、冷徹な瞳を輝かせている双子の暗殺者――リン・メイフォン & レン・メイフォン。そして、その背後には、元英傑候補ランバルトの弟子で「嵐」の技術を操るクライド・バロウと、エイシン国の精鋭暗殺武人たちが、漆黒の凶器を手に控えていた。
「ふふ、見つけたわ。ルシアン・バルテル。リュウホウ様からの伝言よ――「情報を握りすぎた犬は、生かしておけぬ」とね」
「えっ…ちょ、ちょっと待って下さい。私は皇国の情報も持ってるんだ。何かの間違い…」
静かにリンが妖艶な笑みを浮かべ、レンが手にした不気味な魔導瓶の蓋を開けた。
「口封じの時間だよ、バルテル。お前の役目はもう終わったんだよ。――「高熱毒霧」」
レンの呟きと共に、魔導瓶から噴き出したのは、視界を完全に奪うほどの濃密な、そして触れるだけで肉を焼き溶かすほどの「高熱の毒霧」であった。
シューーーッ!!! という不気味な音を立てて、毒霧が監獄の通路から独房の隙間へと急速に侵入していく。
「ぎゃあああああ!!! 熱い、皮膚が、目がァァァ!!!」
独房の中にいたバルテル、そしてまだ生き残っていた僅かな看守たちは、監獄中に撒かれた高熱の毒霧を吸い込み、その狂気的な熱と毒性によって、逃げる術もなく次々と悶絶し、暗殺されていった。バルテルは壁を掻き毎きながら、そのまま物言わぬ肉塊へと変わり果てる。
「よし、結界の維持をしていた看守どもはすべて息絶えたな。暗殺武人部隊、内部へ突入せよ。生存者がいないか完全に確認し、宮廷府の防衛データを強奪するぞ」
「御意」
暗殺武人は冷酷に頷くと、毒霧の立ち込める監獄の扉をその足で蹴り破り、クライドと共に、死臭漂う監獄の奥深くへと容赦なく突入していった。
聖王国での皇国陣営の勝利の裏で、皇国本土の足元には、エイシン国が放った漆黒の暗殺の刃が、深く、確実に突き立てられようとしていた。




