対人戦はお手の物
王子邸の廊下。
アイリスとリリアが奥へ進んだ、その時だった。
「……」
紅茶に睡眠薬を混ぜた給仕の男が、二人の前に立ちはだかった。
先ほどまでの爽やかな給仕の姿は、もうない。
男は静かに腰を落とし――武術の構えを取った。
「…………」
アイリスは男の姿を見た瞬間、何かを悟った。
「……なるほど」
一歩後ろへ下がり、アイリスも僅かに腰を落とす。
探偵として事件を追う時とは違う。
明らかに戦うための構えだった。
「アイリス?」
リリアが声をかけた、その瞬間――。
背後から女性の声が響いた。
「探偵様には、ここで眠ってもらいます」
「!」
二人が振り返る。
そこに立っていた人物を見た瞬間――。
アイリスとリリアは目を見開いた。
「……あなたは」
そこにいたのは、先ほど二人を王子邸まで送り届けたリムジンに乗っていた女性給仕だった。
優しそうな笑顔。
丁寧な言葉遣い。
そして、親切そうに紅茶を差し出してくれた女性。
しかし今、その表情からは先ほどまでの柔らかさが消えていた。
「どうして……」
リリアが呟く。
女性は微笑む。
「驚かれましたか?」
「……えぇ」
アイリスの目が鋭くなる。
「まさか、あなたまで関係者だったとは」
「残念ながら、その通りです」
女性はゆっくりと構えを取った。
前後を挟まれた。
アイリスは状況を一瞬で把握する。
「リリア!」
「う、うん!」
「構えなさい」
「……アイリス」
リリアは戸惑いながらアイリスを見る。
「本当に……やらないとダメなんだよね」
「えぇ」
アイリスは視線を男から逸らさない。
「彼らは、ある程度の手練れと考えていいでしょう」
「…………」
リリアは拳を握る。
できることなら、穏便に済ませたい。
それがリリアの考えだった。
探偵とは、事件を解決する者。
必要以上に誰かを傷つけることを望んではいない。
しかし――。
「リリア」
アイリスが静かに言う。
「私たちがゲーラおじさんから教わった武術は、こういう時のためのものです」
「……うん」
「犯人を傷つけるためではありません」
アイリスは構えを低くする。
「無力化するための技です」
その言葉を聞き、リリアの表情が変わった。
「……分かった」
リリアもゆっくりと構える。
「じゃあ、二人とも眠ってもらおうか」
女性給仕が微笑む。
「ふふ……随分と自信がおありなのですね」
「自信ではありません」
アイリスは冷静に答えた。
「経験です」
「……!」
女性の目が僅かに細くなる。
アイリスは一歩踏み込む。
「探偵は事件だけを相手にするわけではありません」
「時には――」
アイリスの視線が鋭くなる。
「人間そのものと向き合う必要がありますから」
男が先に動いた。
一瞬で距離を詰め、アイリスへ拳を放つ。
「アイリス!」
しかし――。
「遅いです」
アイリスは僅かに身体を逸らす。
拳が空を切る。
そのまま相手の腕を取り、勢いを利用して身体を崩す。
「――そこです」
男の身体が大きく傾いた。
一方、女性給仕もリリアへ向かって踏み込む。
「リリア!」
「分かってる!」
リリアは攻撃を受け止める。
「っ……!」
「どうしました?」
「……私だって、ゲーラおじい様に教えてもらったんだから!」
リリアは相手の腕を払い、距離を取る。
アイリスとリリア。
二人が並んで構える。
その姿を見て、女性給仕は初めて笑みを消した。
「……なるほど」
「何がです?」
「ただの探偵と、その助手ではないということですね」
アイリスは答える。
「当然です」
そして――。
「私たちは、ノートン探偵事務所の人間ですから」
二人の視線が交差する。
次の瞬間――。
「行きますよ、リリア」
「うん!」
王子邸の静かな廊下に、二人と二人の戦闘音が響き始めた。
必要であれば、次のことができます




