8 嘘つきは✕✕のはじまり
「…最近話しかけてきた人間はいるか?」
宙と出会ってから、初めてのトラニ様との"儀式"の時間。
いつもだったらただただ楽しみな時間のはずなのに、今日ばかりは緊張していた。
だって嘘をつくのだ。トラニ様に対して意識的に嘘をつくのは初めてだ。
「…いいえ」
声が上ずった気がする?いや、気のせいか?
緊張のせいなのか、トラニ様と重ねた手が冷たいのか熱いのかもわからない。
この程度の軽い嘘なんて、ついても大した罪悪感なんて抱いたことはないはずなのに、なぜか今日はやけにドキドキとするし不安だ。
「…そうか。最近違和感を抱くようなことは?」
「ないですよ~!あ、トラニ様がガラスの山につれていってくれました」
あまりにもシンプルに答えすぎるのも変な気がして、適当な雑談を付け足す。
言った後になって、むしろ逆に不審に思われたらどうしようなんて不安が湧き出てきてどうしようもない。
「…」
トラニ様は一瞬だけ、私の瞳を覗き込むように目を細めた。しかし何を言うでもなく、黙って私を見つめている。
なにを言おう?どうすればいい?背中の冷や汗が止まらない。
いっそのこと本当のことを言ってしまいたい。なんで、宙にちゃんと「どうして」を聞かなかったんだろう。適当に安請け合いすべきじゃなかった。
「…なにか、疲れているのか?」
「え、なんでですか?」
「いや、別に…」
その理由が「なに」か、明確な答えはなくとも、トラニ様は異常を探知している。
「もしやガラスの山に行く前の約束を今更思い出して守っているのか?」
「…?」
なんだっけそれ…?となり、しばらくフリーズした後に思い出す。
そうだ。私はガラスの山に行く前に「好き好き攻撃をしばらく辞める」みたいなことを言っていた気がする。ただそれは、一応数日間ぐらいはちょっと我慢したけど、最近ついにLOVEの防波堤が決壊してまたちょこちょこ言うようになっていた。
…だがしかし、そういえば宙と会ってから一回も言っていなかった気がする。冷静になってみると、今日に関してはいつもみたいなウザ絡みもしていない。トラニ様の手をにぎにぎしたりもしていない。
バレないことに必死になり過ぎていたのか、さっぱりそんな気が起きなかった。
ただそれは、逆にトラニ様視点で考えると不自然だったかもしれない。
「まぁ?そんな感じです?トラニ様も迷惑かなって!たまには私だって大人しくしますよ」
「そうか。あなたのことだから、おかしなモノでも拾い食いしたのかと思った」
「ひどい!」
私が軽くトラニ様の手を叩くと、トラニ様は口元に小さく笑みを浮かべる。
それに合わせて、私の中で張り詰めていた糸が少しだけ緩む。
「…別に変な食べ物食べたわけでも、おかしくなったわけでもないので大丈夫ですぅ~」
「拗ねてくれるな。すまない、あなたのことを案じたのと…少し戯れたくなってしまったのだ」
そういってトラニ様は私の手に、もう一方の手を重ねた。
「最近の生活はどうだ?苦痛はないか?」
「はい!むしろ…」
「むしろ?」
「あ、いえ…なんというか…慣れてきたのか、ちょっとだけ楽しくなってきました」
うっかり「むしろ」なんて言ってしまって一瞬冷や汗をかいたが、一部を隠して本当のことを伝えた。
これぐらいだったら気楽だ。実際に、「慣れてきて楽しくなってきた」というのも本当なのだから。
「またどこか行きたいです。ガラスの山、すっごく楽しかったから!」
「…ああ。またどこかに行こう」
どこか遠くを見るような瞳をしながら、トラニ様は口の端を持ち上げる。
「まさか動物まで透明だなんて思いませんでしたよ。あいつらなに食べてるんですかね?普通の動物たちと同じようにあそこで生態系が完結してるのかな?外に連れ出したりしたらどうなるんだろう?逆に普通の動物たちがあそこ来たらどうなるんでしょうかね?」
「外に連れていこうとするとあの動物たちは溶けてしまう。逆に外来の動物につれていっても…長くは生きられないだろう。あそこの環境はあまりにも過酷だし、食物がない」
「へぇ~~じゃあ、あそこの透明な動物たちは飼えないんだ」
「飼おうとしていたのか…」
「ちょっとね!」
でも普通に思うじゃん。あそこの動物たちキレイだし欲しいなって。
あと、金持ちとかにペットとして売ったら儲かりそうだし。溶けるんだったら…普通に冷蔵庫とかで飼えばどうにかなるのかな?そういう話ではないのかな。
そしてやはり、帰り際に見たあの鶴はやっぱりあそこに"住んでいる"わけではないらしい。たまたまあそこに迷い込んでしまったのか、あるいは…。
その後、トラニ様と私はくだらない話をしばらくしていた。大体は私が一方的に話すだけだが、嫌な顔をせずに相槌を打ってもらえたり呆れられたりする時間はとても…穏やかだ。なんとなく、両親や年上のいとこたちと話していた時間を思い出す。
そして、コップの水分が乾ききる頃にゆっくりとした動作でトラニ様は席を立ち、最後になにかを言いかけようとして辞めて、私が促しても言って貰えなくて__結局「では」とだけ言って去って行った。




