6 もう一人の日本人
ガラスの山に行ったあの日から、またいつもの毎日がはじまった。
トラニ様の様子は本当にまるで「なにもなかった」みたいだ。
でも、私はあの日のことを繰り返し思い返していた。
やっぱり思うのだ。トラニ様の人生と、私が日本に戻るまでの間の自由__明らかに天秤が釣り合っていない。そんなのトラニ様もわかっているはずだ。そこまで私の自由を重んじてくれている?なにかが違うと感じる。
トラニ様は、私のことは嫌いではないとは思う。しかし、私の「自由」だとかのために、今後の自分の「立場」を賭けるほどではないだろう。
彼になにがあって、なにを考えて、あんなことをしたのか…
しかし、いかに私の脳内であの日が繰り返されども、人生は進んでいく。
「やっほ~~」
疾風のようなその人は、鋭い犬歯を覗かせ悪戯っぽく笑いながら私の世界に飛び込んできた。
「…どうも?」
「かわいそうな囚われの姫様こんにちは!これからいっぱいよろしくしようねぇ」
「はぁ…?よろしくお願いします…??」
その人は、やけに私に親し気に話しかけては来るが、明らかに見覚えのない顔だった。
改めてじっくりと顔を眺めてはみる。しかし、ピカピカと好奇心に輝く猫のような目元が印象的な整った顔も、高い位置で一つに結われた金色の髪も、私のことをじろじろと様々な角度から動物園の猿でも眺めるように見てくる不躾な態度も、一度見れば忘れることは難しそうだ。
しかし、やはり見覚えはない。
「へへへ!かわいい~~!…ねぇ、君!君、日本から来た転移者でしょ?」
「えっ、え、あ、はい……え、なんで…??」
いや、確かにこの世界の人にも、「日本から来ました」とは伝えた。伝えたが、それを知っているのは一部の人だけのはずだし、そもそも誰も「日本」をまともに理解している様子も、理解しようとする様子もなかった。
「そんな警戒しないでよ~!ジブンも日本から来たってだけだからさ!」
「え?」
たしか、転移者は30年前に来たのが最後で、その次は私では?
いやでも、この人は30歳以上には見えないし、なにより転移者はだいたいは転移から数年以内に帰っているはずで…
「はじめまして。東京都渋谷区出身、霜月宙で~す!」
明らかに、「日本」を知らなければ出てくるはずのない地名と、そのとても「日本人らしい」名前に私は唖然とするしかなかった。
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