5 鶴も鳴かずば撃たれまい
「わ、私がここでいなくなったとして…トラニ様はどうなるんですか…!?」
諦めずにもう一度トラニ様の手を掴むけど、トラニ様は立ち止まってはくれない。こちらを見てもくれない。
オレンジと紫色の光に包まれた冷たい森の中で、私の声が虚しく響く。
「あなたの立場は決してよくないんですよね?それで、私を逃したりなんかしたら…」
色々な可能性が頭を巡る。その可能性に明るいものなんで一つもない。トラニ様だってそんなこと百も承知のはずだ。
それに、たかが私の現実世界に戻るまでの短い間の「自由」と、これからずっと続くトラニ様の「人生」なんて重いもの比べるべくもない。天秤に乗せるまでもなく、そもそもコストに対してリターンがあまりに少なく短い。
彼は一体なぜ、こんなことをするのか…意味がわからない。トラニ様らしくない。
「ト、トラニ様を犠牲にしてまで自由なんか欲しくないです…!!!わた、私は、にげたりなんかしません!!」
私のその言葉に、トラニ様の眉尻が一瞬だけ下がる。
「お願いします。お願いだから、もう少しご自分のことを…
もう一押しと声をあげたその時、
ラッパのような音が、どこからか響き周囲の空気を切り裂いた。
「…?」
それと同時にトラニ様の足が止まり、上空をさっと素早く見回す。
明らかに、トラニ様の表情は強張り、先ほどよりも険しいものとなっている。
そして、こちらを振り返り、手早く私の首に先ほど外した首飾りを再びつけ直し、頭に飾ったガラスの花を踏みつけ破壊した。
「…先ほどまでのことは冗談だ」
呆気にとられている私に、トラニ様は「忘れろ」と目を逸らし告げる。
…あんなのが、冗談のわけがない。トラニ様はそんな冗談を言うタイプの人間でもない。
今日のトラニ様は、ずっとおかしいが今のは特に…
__ふと視線を感じる。
顔を上げると、いくらか離れた木の傍に鳥__鶴をみつける。
灰色がかった羽毛に包まれ頭が赤い、一見いたって普通の鶴だ。しかし、そもそもこの透明な場所で「色」があることが異物の徴だ。
額に徴をつけたその鶴は、赤く光る瞳でじっとこちらを…私というよりはトラニ様を見つめている。
そこで、なんとなくトラニ様の話を思い出す。
そういえば彼は、自分を「鶴の一族」の人間だと言っていた。
わからないが、もしかしたら…なにか関係があるのかもしれない。
私がしばらくその鶴を観察していると、その鶴は鳴き声__どうやら先ほどのラッパのような音はこの鶴のものだったらしい__を鋭く上げる。
「…そろそろ帰るぞ」
トラニ様は、鶴と私に背を向けるようにして、私たちの足跡が淡く残る氷の床の上に逆向きの足跡を素早く刻んでいく。
私も慌てて横に並び、トラニ様の顔をそっと伺い見る。しかし、その表情は周囲の景色と同化してしまいそうなほど透明で、なんの感情も映し出していなかった。
最後に後ろを振り返ったとき、鶴の姿は消えていた。




