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異世界転移するも"ただの人"だった私、掘っ建て小屋で神官に監視されてます  作者: 君影想


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3/12

3 ガラスの山



「お願いしますよ~~!行きたいです~~!!!」

「…」


 きっかけは些細なことだった。

 トラニ様に持ってきてもらった本の中に、この国の風景が絵になってまとめられた本があったのだ。

 その中にガラスの山という場所が載っていて、その地球にはあらざる美しさに私は心を奪われた。

 本の言葉を信じるならば、その山にはガラスでできた木が生え、ガラスでできた花が育つのだと言う。そんなところ行きたいに決まっている。


 もともと旅行好きな私だ。異世界にせっかく来たというのに、観光しようとならなかったこれまでの方が不思議だ。

 しかしまぁ、よく考えてみたらなんやかんや私もこれまではちょっと緊張していたのかもしれない。

 それになにより、最近トラニ様が前よりも遠い存在じゃなくなった(気がしている)ので、なんとなくお願いごとを言いやすくなった…というのも大きいかもしれない。

 最近のトラニ様には私も前より色々なことが気軽に話せるようになったし、トラニ様も色々言葉を返してくれることが多くなった。


「…あなたの外出は許可されていない」

「そこをどうにか!!!お願いします!!本当に!本当に観に行きたいんです!他に我儘言わないし、しばらく好き好き攻撃も我慢するからどうにか…!!!」


 私が土下座する勢いでそう頼み込むと、それまで背中を向けていたくせに「好き好き攻撃も我慢する」あたりでスゴイ勢いでこちらを振り返ってきた。

 そんなに嫌だったの!?なんか…なんか…酷い!!いや、私は文句言えないけど!


「せっかく異世界に来たんだから、特別な景色を見たいんです!!お願いします!!」

「…あなたの国にはガラスの山はないのか?」

「ないですよ!あるわけない!!だから見たいんです!!!お願いしますよ~!!綺麗なものが好きなんです~!!綺麗なものが見たいんです~!たまには息抜きみたいなことがあってもいいじゃないですか~!!」

「…」


 その後、トラニ様はなにかを考え込むような顔をしながらも、いつもの定型文と仕事だけ置いて去って行った。

 なので、正直その山に行くのは無理なのかなと思っていた。



  *  *  *  *



「キレイすぎる…」


 そのやり取りの約1か月後、私はその山にいた。

 脱走したわけではない。ちゃんとトラニ様もいる。


 最初、「許可が出た」と言われた時は、あの景色に焦がれすぎて聞き間違いをしているか夢でも見てるのかもしれないとすら思った。一回、トラニ様に「つねってください」とお願いしたが断られたので、自分でつねったらちゃんと痛くて感動した。それから私はもちろん狂気乱舞して、トラニ様の腕を持って跳ねまくった。人生であれだけ嬉しかった日は、だいぶ久しぶりかもしれない。


 そして、その日と同じくらい嬉しい日が今日だ。

 ガラスでできた木々や草花が太陽の光を七色に反射し、冷たく透き通った氷の地面が光を反射しより複雑な光を宿し美しく輝く。冷たく美しい光を宿す木々も花たちも、まるで現実感がない。動物や虫も時々いるが、それらもみんな透明だ。

 色を明確に宿している自分と、青い空の方がむしろこの世界では異常に思える。


「…楽しそうでなによりだ」


 私の方を見下ろすトラニ様の口元には微かな微笑みが浮かんでいて、こちらはこちらで神々しい美しさだ。

 なんというか、私と違いトラニ様はなにもかもが白く透き通るような美しさがあるので、いつもの小屋の背景よりもなんだかこの景色の方が似合っているように感じる。


「本当の、本当にキレイです。人生で見たことがある中でも、一番きれいな景色です…」

「あなたの国には、ガラスの山はないと言っていたな」

「国どころか、世界中探し回ってもないと思います。…この世界に来て本当によかった」

「…」


 私がそういうと、トラニ様は私から目を逸らし手近なガラスの木の根に座った。

 今日はどうやら見張りがいないかあるいはだいぶ大人しくしているらしく、私とトラニ様が黙ると周囲には痛いほどの沈黙が降りる。


「…あなたの元いた世界は、どんなところなのだ」

「難しい質問ですね。私にとっては…いたって普通のところですよ。でも、この世界より科学が発展してて…代わりに魔法がありませんでした」

「前もそういっていたが、魔法や魔術がない中でまともに暮らせるのか?」


 トラニ様からこうやって色々聞いてくるのは、かなり珍しい…気がする。特に元の世界については。

 今回のこれがどういう意図があってのことなのかはわからないが、胸の奥が少しだけあたたかくなった。

 私も、トラニ様の隣に腰かけて答える。ガラスの木は、重ね着した服越しでもわかるほどにひんやりと冷たい。


「もちろん。…たぶん、魔法がない分科学が発展したんだと思います。私の時代ではもう、科学はほぼ魔法でしたよ」

「…ほう?」

「移動は箱状の乗り物にのって移動したり空を飛んで高速で移動できましたし、だいたいみんながスマホ…通話とか計算とか調査とかなんでもできる便利なグッズを持ってましたし」

「…想像もつかないな。しかも、そんなものを"みんな"が?」

「持ってない人もいたかもしれないですが、少なくとも私の国の人はだいたいが持ってましたね」


 他のすごく貧しい国の人とか、国内でもあまりお金に余裕がない人とか、おじいさんおばあさんで使い方がわからない人が持っていないことはあったかもだが、私の周りでは大体が持っていた…と思う。

 

「…良い国だな」

「そうですかね?…たしかに便利で豊かだけど、代わりに色々な問題はあった気がしますが…」

「国民の半数以上が技術の発展の恩恵を受けられて、その様子だと…食事に困る民も多くはないのだろう?あなたがいた国は…良い国だよ」


 そう言われてみると…もしかしたらそうかもしれない。

 どうしても自分が置かれてる環境しか見えないし、どうしてもそれが「普通」だと思ってしまっていた。けど、私にとっての普通が普通じゃない人にとっては__私のいた場所は随分恵まれていた…のかもしれない。

 

「王はいたのか?」

「いましたね。国によりますが、私の国にはいました」

「さぞよい王なのだろうな」

「そもそも私の国では王様は君臨すれども統治せずというか…。政治に関してはまた別の、国民から投票で選ばれた人たちが政治をしていましたね」

「…たしかに、どこか遠くの国でそういったやり方をしている国もあると聞いたことがある。我が国も、できるならばそちらの方がいいのかもしれないな」


 そういうと、トラニ様は近くをひらひらと飛んでいたガラスの蝶を指先にのせ目を伏せた。


「…ずっと疑問だったのですが、トラニ様はどういったお立場の方なんですか?神殿の方というのはなんとなく知っているのですが」


 明らかに「尊い方」なのに私なんかの世話をしている、そのアンバランスさが疑問で仕方なかった。おそらくなんらかの事情があるのかなとは思っている。

 しかし聞いていいのかわからなくて、聞きたくても聞けないでいた。ただなんとなく、今であれば聞いてもいいような直感が私にはあった。


「お飾りの、無価値な立場の人間だ」

「…?」

「…神殿の二番手だ。ただ、お飾りの二番手で__いる意味がないどころか、むしろいない方が幾分かよいという立場だ」

「…でも、二番手なんですよね?そこまで上り詰めたってことは…」

「血だ。実力でもなんでもない。これが__それこそ投票で選ばれたのであればよかったのだが。無論投票があったとて、私なぞ誰も選ばぬことは自明の理だがな」


 明らかな自嘲の意図をこめられて発された言葉たちは、冷たい森に静かに響いた。

 私は、それになんて答えていいのか悩みつつ、内心で合点がいっていた。おそらく彼は、私の世話を押し付けられる形でさせられていた。魔術を扱えるかつ、"正体不明の異世界人"になにかされてもいい存在として。


「これでも、王家の血族なのだ。だが、うっかり白鳥ではなく鶴の方の一族に男として生まれてしまったばかりに、日々生きる意味もないまま生きている。それだけだったらいいが、疎まれ蔑まれている。姉からは勿論、両親からも、巫女たちからも…国民からも」

「…」

「これでわかっただろう。私はあなたがおもうような人間ではないと」


 トラニ様は私を真っすぐと見つめていた。

 赤い瞳と口の端に、自らへの嘲笑と悲しみが混じった色を浮かべながら。

 正直、なぜツルの一族(?)とやらに男として生まれたからと、そんな仕打ちを受けなければならないのかはわからない。それが、この国でどんな意味を持つのかはわからない。

 だが…


「なーんだ。そんなことだったんですね。よかった。裏で人を殺しまくってますとかではなくて」

「…」

「血とか性別のことはわからないんですけど、でもそれってトラニ様の人格にも行為にも全く関係のないことなので…私のLOVEにもあんま関係ないのかなって。私があなたに救われたという事実も変わらないですしね」


 なにもかもわからない。だから、私は心の中で思ったことをひたすらそのまま話す。


「それにね、私もですよ。無意味なの」


 そう言って、笑った。


「でも、トラニ様がいるから、私は生きてます。

だから、もしよければこれからも私の生き甲斐として毎日元気に楽しく生きてくださると嬉しいです」


 最後に「無意味な私なんかの生き甲斐になっても、大した意味はないのかもしれないんですけど」と付け足す。

 …この最後のつけたしはもしかすると蛇足だったかもしれない。

 いつもの変な卑屈癖が出て、トラニ様にも失礼な感じになった気がする。でも、もう遅い。

 私はそっとトラニ様を見つめて、その応答を待った。


「…あなたは価値がある存在だ。ただ、この愚かな国によりその価値を貶められてしまっただけだ」


 そういってトラニ様は、どこか遠くを眺めながら木の幹にその半身を預けた。


「なぜあなたは、こんな国に落ちてきてしまったのか…」


 独り言のようにそう呟くと、その美しい人は鳥の声に耳を澄ませるように目を閉じた。

 どこからか、鳥の物悲しげな鳴き声が聞こえる。どこかで鳴いている彼も、トラニ様と同じように透明で美しく…どこか孤独な姿をしているのだろうか。


「…それでも私は、この国に来て、トラニ様に会えてうれしかったですよ」


 さすがに気恥ずかしくて小さな声でそっと呟いたその言葉が、トラニ様に届いたのかはわからない。

 しかし、トラニ様の強張った口元が少しだけ柔らかくなったのを私は見たような気がした。


 その姿を見て、私も木の幹に背中を預け、目を閉じ、透明な世界の音に耳を澄ませてみる。

 そうしてみると、先ほどまでは静かだと思っていたその世界には、思ったよりも色々な音があることに気づく。ガラスの葉が揺れシャラシャラと鳴る音、小さな生き物たちが地を歩く音。

 よく耳を澄ませると、自分が横たわっている木の幹からも水が流れていくような音が聞こえる。極端なまでに造り物めいていて生の気配がない姿だと思っていたが、彼らもたしかに私と同じ生き物らしい。


 ここは本来とても寒い場所のはずだが、私の周りはトラニ様の魔術もありほどよい温かさに包まれている。

 美しい景色と、自然の生きる音、ほどよい温かさと柔らかな太陽の光に照らされて、私の意識はいつの間にか穏やかな眠りに誘われていた。



 …………………


 ……………


 ………


 

 心地の良い微睡に溺れていると、なにか首あたりを触られるような感覚があった。

 最初はまだ眠っていたいと抵抗してみるが、やがてその違和感に耐えきれなくなり嫌々目を開く。


「…!!!」


 そこには、赤紫の夕暮れを背負い私の首に手を回すトラニ様がいた。







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