2 推しとの握手会
こっちの世界に来たばかりのときは、結構しんどかった。
だって五味時子、まだ花の22歳だよ?わけわからんやつらに捕まって、全裸にされて、変な魔法をかけられて…恥ずかしいし怖いし意味わかんないし。
もしかして宇宙人に捕まっちゃったのかもと思ってずっと泣いてた。
言葉がわかるようになったところで、最初のうちは寒くもないのに震えが止まらないし、心が落ち込むし、たぶんなんか変な幻覚も見えててマジでヤバかった。
あとでトラニ様に教えてもらったけど、あれは言語魔術という強い魔術をいきなりかけられたことによる副作用的なものだったらしい。
そしてそのマジでヤバい私の傍に唯一いてくれたのがトラニ様だった。
私は、言語魔術をかけられて「お前は異世界人だ」「帰れるからしばらく大人しくしとけ」とだけ教えてもらったのち、早々にこの小屋にぶち込まれた。ぶち込まれたては唖然としていただけだったけど、だんだんと副作用が現れて「私」は崩れていった。
泣いて泣いて、時には自分を傷つけようとしたり、暴れたり…ぐちゃぐちゃで壊れた人形みたいになった私は__いやそうなる前から私は、この世界でただただ見捨てられていた。そんな私を、トラニ様は時にはなだめ、慰め、時には魔術で動きを止めたり、食事を与えたりしながら、ずっとずっと背中を撫でてくれた。
やがて副作用は終わって、意識は明瞭になった。
だけど、結局私の傍に現れるのはトラニ様だけ。トラニ様さえも、数日に一回来るだけ。
私は…この世界で鈴をつけられた透明人間みたいな存在になった。「そこにいる」ことは常にわかるようにされているけど、その異物の詳細や心情には誰も興味がない__そんな感じ。
生かしている意味もよくわからないが、たぶんあの時死ななかったから仕方なく殺していないだけなのだろうと思う。
トラニ様が良心ゆえにあれを行ってくれたのか、仕事だったからああしてくれたのかはわからない。でも、ああしてもらえなかったら死んでいたし、今もトラニ様がいなくなってしまえば私はたぶん孤独で狂ってしまう。
だから私はトラニ様が好きだし推しだし、私にとって彼は神様のような存在なのだ。
私のことを生かすも殺すも彼の気まぐれでできる。まぁ、彼はまじめだからそんなことはしないだろうが。
「トラニ様。この前、また本持ってきてくれてありがとうございます」
「大したことではない。…右手を出せ」
これは2週間に1回のペースで行われる謎の儀式。儀式というか、たぶん軽い尋問。
右手をトラニ様の左手に「お手」みたいな感じで差し出して、色んな質問に答える。
質問の内容からすると、監視業務の一環なのだろうと思う。
ただこれは、私にとってはトラニ様と長いこと話せる滅多にない良い機会なのでひたすら色々話す。
これは実質、推しとの握手会だ。トラニ様の手は冷え性なのかな?というぐらいにいつもひんやりと冷たいが、それもいい。あとすべすべ。
「あ、はい。…本、すごく面白かったです。2番目の王子の扱いは正直どうなの?って感じではあったんですけど」
「そうか。今から聞く質問に正直に答えろ」
「はい。…だって、なんか…あの人ただ真面目なだけっぽいですよね?」
トラニ様から先日借りたのは、『竜の王子』というわかりやすい王道英雄譚だった。
側室の子であり不遇な第一王子が、仲間を集めながら国を苦しめる邪竜を殺す旅に出る。
「こういう話、異世界でもあるんだなぁ…」と思いつつ、私がなによりも気になったのは物語の中盤で「いやな奴」としてあっさりと死んでいった第2王子だった。
「そうなんだな。最近話しかけてきた人間はいるか?」
「トラニ様以外いないです。…なのにあの終わりってどうなんでしょうか?」
第2王子は、口うるさいヤツだった。
旅に同伴するわけでもなく、時々魔法を使って現れて文句だけ言う。
まぁ、うざいと言えばうざいと私も思う。実際にいたら腹が立つと思う。
「…最近なにか違和感を抱くようなことはあったか?」
「いいえ。…だって、”色々言ってくる”ってことはそれなりに、状況を把握してるし当事者意識があるってことでしょう。それに、」
「そうか」
「…それにね、主人公達だけじゃなくて他の人にもあーだこーだ言うってことは、嫌いだからそうしてるってわけじゃなくて…たぶん真面目なんですよね。真面目で、自分の職務に忠実だから、みんなが嫌がってやりたがらないようなことをやっている。そういうことなんじゃないかと思うんですよ」
「…」
…黙られてしまった。
さすがにべらべらと一人でしゃべりすぎてしまったかもしれない。
呆れられただろうか。
「…すみません。うるさかったですよね」
「……真面目なだけでは、なんの価値もないだろう。たしかに貴様の話にも一理ある。でも、真面目だからなんだ。なにも変えられずに周囲に不快な感情をもたらすだけでは、むしろいない方が良いだろう」
驚いた。意外とちゃんと聞いていたらしい。
トラニ様が俯いたのにあわせて、絹のような髪がサラサラと下に流れていく。
「そうなのかな…。でも、そういう人っていなきゃいけない気もするんですよね。だって、その人がいなかったら誰がその役割を果たすんですか?…個人的には、なにもせずにそういう人にフリーライドしながら文句を言ってる人の方が不快です。まぁ、私もたぶん…文句は言わずともフリーライドはいっぱいしてるんでしょうけど」
トラニ様は私の手をじっと見つめながら、また黙ってしまった。
「…変なこと言ってごめんなさい。いつも私、迷惑ですよね。かまちょばっかしてすみません。大丈夫。わかってます。トラニ様は仕事に真面目で、優しいから…私のところに来てくれるだけだって」
「…」
「あ、かまちょなんて言ってもわからないか。なんというか、えっと…面倒くさいことばっか言ってるって自覚があるってことです。__その、えっと…だから…私のこと嫌いにならないでください。本当に嫌だったら…言ってくだされば変なこと言わないように頑張るので。うるさくしないので…」
思わず顔を覗き込んだ先で、鮮やかな赤い瞳と目が合い我に返る。
不安になって、余計なことまで言ってしまった気がする。
しかも相変わらず、トラニ様は無言だし…瞳から読み取れるものはなにもない。
こんなこと言うつもりなかったのに…。
「…別に、貴様のことを面倒くさいと思ったことはない…とは言えないが、嫌悪を抱いたことはない」
「トラニ様は本当にお優しいんですね。ありがとう。それが嘘だとしても嬉しいです」
「私はきさ…あなたが思うほど優しくもなければ高潔な人間でもない。あなたは私を勘違いしている」
「そういうところですよ。優しくない人も、高潔じゃない人もそこで"勘違い"なんて言いません。私だったらその勘違いを利用します」
「…あなたは私の言動を好意的に見過ぎる節があるな」
そういってトラニ様はニヒルに唇の端を斜めにあげ、私の手から自らの手を退けた。
さきほどまで人肌が重なっていた部分に、常温の空気が触れ少し寒くなる。
「それも込みで全部計算されていたらどうする」
「それはもう…"すごい!!"ってスタンディングオベーションするしかないですね。__でも、私は私の人を見る目を信じているので!」
私が胸を張ると、耐えきれなくなったように声をあげて笑う。そして「自信があるようでなによりだ」と、目を細めて私を見る。
その様子をみて、私もなんだか嬉しくなって「えへへ」と笑い鼻の下を指で擦る。
「その自信に奢り、私を含めた悪い大人に騙されないように精々気を付けるがいい」
「まぁ、私ももう22歳で大人ですけどね」
「…え?」
「え?」
…どうやら私たちは、基本的なところから自己紹介し直す必要があるらしい。




