1 髪食い異世界転移
「大好きです!トラニ様!!!」
口が、勝手に動いた。
さっきまで普通に雑談を交わしていたはずなのに、やっぱり溢れるラブを抑えられなかった。
「…またそれか。よく飽きないな」
相変わらずクールだ。
薔薇色の薄い唇から放たれたその一言は、拒絶のはずなのに不思議と刺さらない。むしろ綺麗だな、と思ってしまうあたり、私の感覚はたぶんだいぶズレている。
「飽きませんよ~!トラニ様へのラヴは∞だから!」
「そうか。かわいそうに」
「ひど~い!でもそういうところも好き~!!」
両手で雑にハートマークをつくると、ドン引き顔で見られただけでなく、バケモノと遭遇してしまった時のスピード感ですたすたと部屋を出ていく。
「また明後日!絶対に来てくださいね~~!」
遠くなっていく背中にむかって声をかけるが返事はない。
でもどうせ彼はまた来る。私がなにを言っても、言わなくても。だってそれが仕事だから。
私は扉が閉まるのを見届けると、満足して椅子に座り直す。
――トラニ様、今日も最高だった。
白いローブに身を包んだその姿は、何度見ても現実感がない。整いすぎた顔立ち、感情を感じさせない声音、神殿にいるのが当然だと言わんばかりの佇まい。
清くて、白くて、美しくて。
人間なんかの薄汚い感情が触れる前提で作られていない人の色をしている。
正直、「好き」という言葉では全然足りない気もするけれど、他にちょうどいい表現を知らない。
止まらないアイラビューはトラニ様が次に来るであろう2日後にまた伝えよう。
チャンスは無数にあり、可能性は無限大だ。
…まぁ、チャンスは無数にあると言っても、本当はいつこんな毎日が終わるかもわからないんだけど。
なぜって、私はすでに日常を一度失っている。というか、本当はこっちの方が非日常だ。
でも、仕方ない。もう数か月こちら側にいるから、いい加減こちらも日常になりつつある。
…私は、6か月前に突如こちらの世界に落ちてきた。
別になにをしようとしたわけでもない。猫を救おうとしたわけでもなければ、怪しげな食べ物を食べたわけでもない。ただ、杏仁豆腐を食べようとしただけなのだ。
友達が一口くれると言うから、口を開いて小鳥のように待っていた。そしたら、視界が暗くなって、「なんだ?」と思いつつも口の中になにかが入って来たのでパクっとそのまま口を閉じた。
そしたら、それは明らかに杏仁豆腐の食感をしていなくて…たしかにちょっとツルツルはしているけど、もしゃもしゃしていた。
それで、目を開いてようやく気付いたのだ。自分が誰かの髪の毛を食べていることに。
周囲から見た私はさぞ間抜けだったことだろう。
直立不動のまま、他人の髪を喰っているのだ。
もはや恐怖の対象だったかもしれない。
でも、私にとっても視界に入ってきた光景は意味不明で恐怖だった。
だって、明らかになにもかもおかしいのだ。
現代日本ではありえないレベルで豪華すぎるし広すぎる廊下に、中世ヨーロッパのような恰好をした人々。そして、私に髪を喰われる人。
全身真っ白なローブを纏ったその人__トラニ様はとても美しい人だった。
なんなら一番非現実的な存在だったかもしれない。
鮮やかな朱色を宿す甘さのある柔らかな目元、顔の丁度真ん中に置かれた整った鼻梁、淡い桃色の薄い唇……そして、私に喰われている腰ほどまである絹のように滑らかで艶のある白い髪。彼の白い髪は毛先が黒くなっているので、私は彼の髪を見るたびに新品の白筆に墨汁をつけた時みたいだ…と未だに思うが、たしかその時も「筆…」と思った記憶がある。たしか私は墨汁部分を丁度食べていた。
「ui0…?」
神聖な雰囲気を持つその人は、とてもいい声で何事かを呟いた。
しかし、なにを言っているかはさっぱりわからなかった。
「神様…」
対して私は、髪を口に含んだまま、こっちはこっちで意味のわからないことを言っていた。
でも、実際にその時はそう思ったのだから仕方ない。
あまりにも整いすぎてどこか無機質な感じすらある、性別を超越したその美しい人を私は神か仏だと思ったのだ。
「…f???」
その、キレイな人のおそらく「何言ってるんだコイツ」的な音から世界は動きだした。
その時までは、「妖怪髪喰い女が突然そこに出現した」という意味がわからない現象により、その場にいる誰も彼も動きを止めてしまっていたのだ。
ともかく、時間が動き出した瞬間、そこにはさらなる混乱とカオスが生まれた。
その要因は主に私をひっとらえようとするボディーガードの役割を担っていた騎士たちと、意味もわからないまま逃亡しようとする私によるものだが。
もちろん私は即捕まって、素っ裸にされて全身くまなく調べられたり、不思議な魔術をかけられて言葉がわかるようになったり、事情を聴取されたり、色々…本当に色々あって、その間に何回か「このまま死ぬのか」と絶望したりもした。が、結局とりあえず痛いことはなにもされずに小屋送りになった。
どうやら、この国では時々「そういうこと」があるらしい。
「何年ぶりだ?」「また来たのか」そんな風に目の前で騎士の皆様に言われれば、さすがの私だって察しがつく。
別にそういう存在に、価値があるわけでもなければ意味があるわけでもない。
だから私は普通に__いや、おそらく普通よりはいい生活を送らせてもらっている。
なんたって隅の隅といえど、王宮…の庭暮らしだ。なんかよくわからないけど、庭にあるちっさい建物で暮らしている。歴代の異世界からの「客人」も同じくここで暮らしていたらしい。最初は「森の中の小さなお家♪」なんて思っていたが、最近は濃厚な木の香りに半ばうんざりしてきた。
たぶん、ほどよくメインの建物から遠くて、ほどよく監視もできる場所がここなんだと思う。なんたって一番近いのが騎士たちの控え所だ。
夜になると、必ず誰かの足音が庭を横切る。小屋の外に出れば、なにかしらの視線を感じる。
「危ないからここからなるべく離れないように」なんて言われているが、本音は「異世界人とか意味わからんやつに勝手に動き回られたくない」だろう。
一応仕事らしきものはあるが、小屋でボッチで書類整理という異世界でチートとかとは程遠い立ち位置の仕事をしている。ちなみに書類は2日に1回トラニ様が届けてくれていて、さっきの告白も書類を受け取るついでにやった。
明らかに適当につくられた仕事感があるが、現状は考えても仕方ないし、「別の仕事をください!!!」なんていうガッツも私にはないので淡々とこなしている。
でも、さすがにだいぶ暇なのでトラニ様に書類のついでに本も持ってきてもらってそれを読んでいる。
あとは、トラニ様の推し活をしている。元の世界では、女の子のアイドルを緩めに推していたが、こっちでは女の子と同じくらいキレイで可愛いトラニ様を推している。
ま、この通りトラニ様からはドン引きされており、全くいい感情を向けられる様子はないんですがね!
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