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第70節: 野心のハイエナたち

いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき、誠にありがとうございます。

第三巻『技術革新と交易の始まり』、その第二章『交易の夜明け』も、いよいよ佳境に入ってまいりました。


前回、フロンティア村の噂を持ち帰った商人バートは、ギルドにその報告を一笑に付され、全てを失いました。しかし、彼が残した「本物」の証拠は、野心的な商人たちの心に、静かに、しかし確実に火を灯します。

今回は、その小さな火種が、やがて大きな炎へと変わる、その始まりの物語です。どうぞ、お楽しみください。

ザルツガルド商業ギルド、ロックウェル支部。その重い樫の木の扉が、衛兵によって無情に閉ざされた後も、ホールの中には、気まずい沈黙と、微かな嘲笑の空気が漂っていた。

哀れなバート・ランガーの、狂気に満ちた叫び声。その残響が、まるで亡霊のように、商人たちの耳の奥にこびりついている。


「……フン。これで、静かになったわい」


支部長であるゴードンは、まるで床のゴミでも払うかのように、その肥えた手をパンパンと叩いた。

「全く、見苦しい。失敗した商人の、見るに堪えん末路よな。亜人の要塞村、だと?


笑わせる。皆も、あんな与太話を、真に受けるなよ。いいな?」


その、権威を笠に着た言葉に、周囲にいた商人たちは、へらへらと、愛想笑いを浮かべて頷いた。ギルドの支部長に、逆らう者などいない。

だが、その心の内は、決して一枚岩ではなかった。


彼らの視線は、ゴードンが叩き落とした、二つの「ガラクタ」の、その残骸へと、吸い寄せられていた。

床に広がった、ルビーのように赤い液体は、既に乾き始めていたが、その、あまりにも鮮やかで、純粋な色合いは、明らかに異常だった。そして、何よりも、彼らの、商人としての本能を、激しく揺さぶっていたのは、床に転がったままの、もう一つの「ガラクタ」。

鋼鉄の、鍬だった。


ゴードンは、その鍬を、もはや興味を失ったかのように、一瞥もしない。

だが、その場にいた、何人かの、目の肥えた商人たちは、その、あり得ないほどの品質を、一目で見抜いていた。

滑らかな、黒光りする、刃の表面。一切の、歪みも、ムラもない、完璧な鍛造の跡。そして、農具にあるまじき、武器としての、機能美。

あれは、本物だ。

それも、並大抵の、本物ではない。


やがて、商人たちの中から、一人、白髪の混じった、痩身の老人が、ゆっくりと、歩み出た。

彼の名は、クラウス。この辺境交易で、三十年以上も、生き抜いてきた、古株の商人だった。彼は、ゴードンのような、権威は持たない。だが、その、確かな目利きと、慎重な取引の手腕は、ギルドの誰もが、一目置く存在だった。


クラウスは、ゴードンの前に立つと、静かに、頭を下げた。

「支部長。……もし、よろしければ、その、忌まわしいガラクタ。私が、片付けさせていただいても、よろしいですかな?」


その、あまりにも、殊勝な申し出に、ゴードンは、機嫌を良くしたように、顎をしゃくった。

「おお、クラウスか。お前も、苦労するのう。……いいだろう、持って行け。そんな、呪われた品、いつまでも、ここに置いておくのも、気分が悪いわい」


「は。ありがたき幸せ」

クラウスは、再び、深々と頭を下げると、ゆっくりと、その鋼鉄の鍬を、拾い上げた。

その、ずしりとした、しかし、完璧なバランスの取れた、重さ。手に、吸い付くような、柄の感触。

彼は、その、職人としての、確かな目で、その鍬が、ただの鉄ではないことを、確信した。


(……これは、鋼だ。それも、ドワーフの、王室御用達の職人が、魂を込めて打った、伝説級の……。いや、それとも、違う。もっと、異質だ。もっと、合理的で、冷たい……。まるで、魔法そのものを、叩いて、固めたかのような……)


彼は、その鍬を、粗末な布で、丁寧に包むと、誰にも、その表情を、読み取らせることなく、静かに、ギルドを、後にした。



その日の夜。

ロックウェルの街の、安宿の一室に、数人の、商人たちの姿があった。

部屋の主は、クラウス。そして、そこに集まっていたのは、昼間の、ギルドでの一件を、目撃していた、野心的な、中堅の商人たちだった。


「……で、クラウスの旦那。……どうなんですかい、例のブツは」

口火を切ったのは、まだ三十代前半の、血気盛んな、若手の商人、レオンだった。彼の瞳は、一攫千金を夢見る、ハイエナの光を、宿している。


クラウスは、何も言わずに、テーブルの上に、布に包まれた、鍬を、置いた。

そして、その布を、ゆっくりと、開いた。

部屋の、薄暗い、ランプの光を、反射して、鍬の刃が、ぬらり、と、青黒い光を放つ。


「……触ってみろ」

クラウスの、短い言葉に、商人たちが、ごくりと、喉を鳴らし、恐る恐る、その鍬に、手を伸ばした。


「……ひっ……!


なんだ、こりゃあ……」

「軽い……。まるで、羽のようだ……」

「この、刃……。俺の、護身用の剣よりも、鋭いじゃねえか……」


感嘆と、そして、畏怖の声が、次々と、上がる。

彼らは、皆、プロの商人だ。偽物と、本物を、見分ける目は、持っている。そして、目の前の、この、農具の形をした、化け物が、紛れもない、「本物」であることを、誰もが、理解した。


「……どう思う、皆の衆」

クラウスは、静かに、問いかけた。

「……あの、バートの、戯言。……本当に、ただの、狂人の、夢物語だったと、思うか?」


部屋は、沈黙した。

誰もが、同じことを、考えていたからだ。

バート・ランガーは、確かに、落ちぶれた。だが、彼は、狂人ではなかった。むしろ、狡猾で、抜け目のない、商人だったはずだ。その彼が、全財産を、はたいて、手に入れた、この、逸品。

そして、彼が語った、あまりにも、荒唐無稽な、物語。

亜人の、要塞村。人間が作ったとしか思えない、街道。そして、この、奇跡の鋼。

それらの、バラバラだった、ジグソーパズルの、ピースが、今、一つの、恐るべき、しかし、あまりにも、魅力的な、絵を、結びつつあった。


「……だが、ギルドは、あの村への、接触を、禁じた。……危険すぎる、と」

一人の、慎重派の商人が、不安げに、言った。


「フン、ギルドの、役人共なんざ、所詮、そんなもんよ」

若手のレオンが、吐き捨てるように、言った。

「奴らは、自分たちの、既得権益を、守ることしか、頭にねえ。新しい、儲け話には、臆病風に吹かれて、蓋をする。……だが、俺たちは、違う。……そうだろ、旦那方?」


彼の、挑戦的な視線が、部屋の中を、見渡す。

その瞳には、リスクを冒してでも、富を掴もうとする、商人本来の、野心の炎が、燃え盛っていた。


「……仮に、だ」

クラウスが、ゆっくりと、口を開いた。

「仮に、バートの話が、全て、真実だったと、する。……『見捨てられた土地』の奥地に、これと、同じ品質の品々を、量産している、未知の、文明が、存在する、と。……そして、その村は、『公正な取引』を、望んでいる、と」


彼は、そこで、一度、言葉を切った。

そして、その場の、全員の、心の、最も、深い部分に、語りかけるように、続けた。


「……その、『一番乗り』の、栄誉と、利益。……それを、みすみす、見逃すのが、果たして、商人と言えるかな?」


その、悪魔の、囁き。

部屋の中の、空気が、変わった。

商人たちの、呼吸が、荒くなる。瞳の奥に、同じ、欲望の光が、宿っていく。


「……だが、道が、分からん。バートの奴は、もう、どこに行ったか……」

「いや、道標なら、ある」

クラウスは、静かに、言った。

「バートが、言っていた。……『人間が作ったとしか思えない、平坦な、街道』、と。……『見捨てられた土地』へと続く、あの、古びた街道を、辿っていけば、いずれ、その、異常な道に、ぶつかるはずだ。……それこそが、宝島へと続く、地図、よ」


その、言葉が、決定打だった。

レオンが、テーブルを、強く、叩いた。

「……決まりだ。……俺は、行くぜ」

その、宣言に、他の、二人の、商人たちも、次々と、力強く、頷いた。


「……おいおい、お前たち、正気か。……ギルドに、逆らう気か」

慎重派の商人が、まだ、躊躇している。

だが、クラウスは、そんな彼に、静かに、微笑みかけた。


「……これは、ギルドの、仕事ではない。……我々、個人の、商いさ。……もっとも、成功すれば、の話だがな」

彼は、そう言うと、立ち上がった。

「……さて、と。……準備を、するとしようか。……宝探しの、な」


こうして、その夜、ロックウェルの街から、三台の、荷馬車が、人知れず、闇の中へと、出発していった。

彼らが、目指すのは、東。

ギルドが、禁足地と定めた、呪われた、『見捨てられた土地』。

そして、その、さらに奥にあるという、伝説の、黄金郷。


彼らは、まだ、知らない。

自分たちが、これから、足を踏み入れようとしている場所が、黄金郷などという、生易しいものではなく、人間の、全ての、常識と、価値観を、根底から、覆す、恐るべき、異世界への、入り口であることを。

そして、そこで、自分たちを、待ち受けているのが、一人の、悪魔のように、賢く、そして、神のように、冷徹な、銀髪の、少年であることを。


フロンティア村が、放った、噂という名の、撒き餌。

それに、ギルドという、巨大な、クジラは、気づかなかった。

だが、腹を空かせた、命知らずの、ハイエナたちは、確かに、その匂いを、嗅ぎつけていた。

フロンティア村に、次なる、混沌の波が、静かに、しかし、確実に、迫っていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


フロンティア村の噂は、ギルドという、巨大な組織の壁には、阻まれました。しかし、その壁の下で、野心的な商人たちが、動き始めました。

バートとは違う、リスクを承知で、宝の山を掘り当てに来る、狡猾なハイエナたち。

彼らが、フロンティア村で、ケイと、どのような、交渉を、繰り広げるのか。


次回、ついに、フロンティア村に、第二の、来訪者が、訪れます。そして、その噂は、全く、別の、意外な人物の耳にも、届いていました。


「面白い!」「ハイエナ商人たち、どうなる!?」「次の展開が、楽しみ!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、ハイエナたちを、フロンティア村へと、導く、道標となります!


次回もどうぞ、お楽しみに。

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