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第69節: 最初の報告と嘲笑

いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき、誠にありがとうございます。

第三巻『技術革新と交易の始まり』、その第二章『交易の夜明け』が、ついに本格的に幕を開けました。


前回、我らが大将ケイが、亜人の村と侮り、詐欺まがいの取引を持ちかけた商人バートを、その圧倒的な情報力で完全に制圧しました。フロンティア村は記念すべき最初の「利益」を手にします。

今回は、その勝利が村に何をもたらしたのか、そして、その裏で冷静に次なる一手を見据えるケイの、壮大な経済戦略が語られます。彼の言葉が、フロン-ティア村の未来を、新たなステージへと導きます。

それでは、物語が大きく動き出す第六十九話、お楽しみください。

行商人バート・ランガーにとって、フロンティア村からの帰路は、人生で最も長く、そして最も屈辱的な旅路となった。

空になった荷馬車の、虚しい軋み音が、彼の、空っぽになった心に、容赦なく響き渡る。数ヶ月分の利益と、虎の子の財産、そして、商人としての、なけなしのプライド。その全てを、たった半日で、あの、悪魔のような、銀髪の少年に、根こそぎ奪い去られたのだ。


(……化け物だ)


思い出すだけで、全身の毛が逆立つ。

全てを、見透かしていた、あの、青い瞳。自分の、財布の中身から、荷馬車の隠し箱の場所まで、まるで、神の視点から、全てを覗き込んでいるかのような、絶対的な、情報格差。あれは、交渉などではない。ただの、一方的な、査定アセスメントと、資産の、差し押さえだ。


だが、彼の心を支配しているのは、恐怖と、絶望だけではなかった。

彼の、荷台の隅。粗末な布に、幾重にも、大切に包まれて、二つの、「投資」と名付けられた、呪いの品が、鎮座している。

ドワーフが鍛えたという、鋼鉄の鍬。

そして、ルビーを溶かし込んだかのような、高純度のポーション。

彼は、街道の途中で、何度も、何度も、荷馬車を止め、その二つの品を、震える手で、取り出しては、確認した。


鍬は、本物だった。その刃は、月明かりの下でさえ、禍々しいほどの、青黒い光を放っている。試しに、道端の、オークが棍棒代わりに使うような、硬い樫の木の枝を、斬りつけてみた。

音も、なかった。

枝は、まるで、熟れた果実のように、何の抵抗もなく、両断されていた。

ポーションもまた、本物だった。旅の途中で、荷馬車の車輪が轍にはまり、捻挫してしまった足首。そこに、ほんの一滴、垂らしただけで、熱を持った腫れは、嘘のように引き、痛みは、完全に、消え失せていた。


(……本物だ。……あの村は、本物なのだ……!)


その、絶対的な確信が、彼の、商人としての、最後の、そして、最も強欲な魂に、火を灯した。

ギルドに、報告しなければ。

この、とんでもない、宝の山の、情報を。

そして、ギルドの力を使い、あの村を、独占する。そうすれば、失ったもの以上の、富と、地位が、手に入るかもしれない。いや、必ず、手に入れてみせる。

その、歪んだ野心が、彼を、突き動かしていた。


旅の、三日目。

一羽の、伝書鳩が、彼の元へと舞い降りた。ザルツガルド商業ギルド、本部からの、定期連絡。だが、そこに書かれていた、無慈悲な文字列は、彼の、最後の希望の、か細い糸を、無残に、断ち切った。

『……本日付で、三級商人からの、降格、および、無期限の、交易停止処分と、する――』

あの少年は、自分の、全財産を奪っただけでは、飽き足らず、商人としての、自分の、未来までをも、奪い去ったのだ。


「……う、うわあああああああああああああああああああっ!!!!」


もはや、彼に、失うものは、何もなかった。

残されたのは、二つの、奇跡の品と、そして、あの、悪魔の村への、復讐心だけだった。



リオニス王国の、東部辺境最大の街、ロックウェル。

その、一角に、ザルツガルド商業ギルドの、支部は、あった。

バート・ランガーは、ほとんど、転がり込むようにして、その、重い、樫の木の扉を、押し開けた。

彼の、みすぼらしい姿――泥に汚れ、伸び放題の無精髭、そして、何よりも、その、何かに取り憑かれたかのような、血走った目に、受付にいた、若い事務員たちは、あからさまに、眉をひそめた。


「な、なんだ、貴様は。ここは、ギルドの支部だぞ。物乞いなら、裏口へ……」

「黙れッ!



俺は、三級商人の、バート・ランガーだ!



支部長に、取り次げ!



大陸の、経済を、ひっくり返すほどの、緊急の、報告がある!」


その、あまりの剣幕に、事務員たちは、たじろいだ。

やがて、奥から、面倒くさそうに、腹の出た、肥満体の、中年男が、姿を現した。この、ロックウェル支部の、支部長、ゴードンだった。


「……なんだ、バートじゃねえか。その、ザマは、どうした?



とうとう、辺境の魔物に、ケツの毛まで、むしられて、帰ってきたか?」

ゴードンは、下品な笑みを浮かべて、言った。


「支部長……!



聞いてください!



『見捨てられた土地』の、奥地に……!



とんでもない、村が……!」


バートは、堰を切ったように、語り始めた。

自分が、体験した、全ての、悪夢を。

人間が作ったとしか思えない、平坦な、街道。

鋼鉄の、丸太で組まれた、要塞のような、村。

そして、そこに、並べられていた、神々の、御業としか思えない、奇跡の、品々。

彼は、懐から、震える手で、あの、鋼鉄の鍬と、高純度のポーションを、取り出し、ゴードンの、目の前の、カウンターに、叩きつけるように、置いた。


「これです!



これが、その、証拠です!



亜人共が、こんなものを、量産しているんですよ!?



信じられますか!?」


ゴードンは、最初、バートの、その、狂気に満ちた話を、鼻で笑いながら、聞いていた。だが、目の前に、置かれた、二つの品を、その、肥えた指で、手に取った、瞬間。

彼の、顔から、笑みが、消えた。

商人としての、彼の、確かな目が、その品物の、異常なまでの、品質を、一瞬で、見抜いたからだ。


(……なんだ、この、鋼は。……ドワーフの、王族に献上される、儀礼用の剣だって、これほどの、質じゃねえぞ……。そして、このポーション……。不純物が、一切ない。……王宮の、錬金術師でも、これほどのものは、作れまい……)


だが、彼の、思考は、すぐに、別の、もっと、現実的な、結論へと、着地した。

亜人の村が、これを作った?



馬鹿な。あり得ない。

ならば、答えは、一つだ。


「……バートよ」

ゴードンの、声のトーンが、変わっていた。それは、獲物を見つけた、狡猾な、蛇のような、ねっとりとした、響きを持っていた。

「……お前、とうとう、禁制品の、横流しに、手を出したか。しかも、ドワーフの国宝級の品と、どこぞの、宮廷錬金術師の、秘薬を、だ。……ギルドの、規則を、破った罪、分かっているんだろうな?」


「ち、違います!



これは、本当に、亜人の村で……!」


「やかましい!」

ゴードンは、一喝した。

「言い訳は、聞きたくない。お前は、辺境で、何者かに、騙されたんだ。有り金、全部、はたいて、この、二つの、ガラクタを、掴まされた。……違うか?」


彼は、バートが、本部から、降格と、交易停止の、処分を受けたことを、既に、知っていた。失敗し、全てを失った、商人の、戯言。そう、断定するには、十分すぎる、状況証拠だった。

ギルドの、他の商人たちからも、くすくすと、嘲笑が漏れる。


「亜人の、要塞村、だと?



街道を、自分たちで、作った?



……はっ!



寝言は、寝て言え。お前は、魔物の、毒気にでも、当てられて、頭が、おかしくなったんだ」


ゴードンは、カウンターの上の、鍬と、ポーションを、まるで、汚物でも払うかのように、床へと、叩き落とした。

ガシャン、と、ガラスの小瓶が、砕ける、甲高い音が、響く。赤い、奇跡の液体が、汚れた床の上に、虚しく、広がっていった。


「ああ……!



俺の、ポーションが……!」


「それが、現実だ、バート」

ゴードンは、冷たく、言い放った。

「お前の、夢物語に、付き合ってやるほど、俺たちは、暇じゃねえ。……とっとと、失せろ。二度と、このギルドの、敷居を、またぐな」


衛兵に、両脇を、抱えられ、バートは、無様に、ギルドの外へと、引きずり出されていった。

「待ってくれ!



話は、本当なんだ!



信じてくれ!



あの村は、本物なんだ!」

彼の、悲痛な叫びは、ギルドの、重い、樫の木の扉が、閉まる音によって、無残に、かき消された。



ギルドを、追い出され、全てを失ったバート・ランガーは、ロックウェルの、薄汚い、路地裏で、一人、膝を抱えていた。

彼の、手元に残されたのは、ゴードンが、床に叩きつけた、あの、鋼鉄の鍬、ただ一本だけ。

誰も、信じてくれない。

ギルドも、仲間も、誰も。

自分は、ただの、頭のおかしくなった、落ちぶれの、商人でしかない。


(……本当に、夢だったのか……?)


彼の、心が、完全に、折れかけた、その時。

彼の、目の前に、一つの、影が、落ちた。

見上げると、そこには、フードを、深く被った、数人の、男たちが、立っていた。その、目つきは、カタギの、それではない。


「……あんたが、バート・ランガーだな?」

リーダーらしき、男が、低い声で、言った。

「……『見捨てられた土地』の、宝の山の、話を、聞かせてもらおうか。……俺たちは、ギルドの、腰抜けどもとは、違う。……あんたの、その、『夢物語』に、大金を、賭けてみる、覚悟が、ある」


その、声。

その、瞳に宿る、ギラギラとした、野心の色。

バートは、その男たちが、誰なのかを、悟った。

ギルドに、所属しない、自由商人。あるいは、もっと、裏社会に近い、命知らずの、ハイエナたち。

噂は、既に、広まり始めていたのだ。


バートは、ゆっくりと、立ち上がった。

そして、その、泥だらけの顔に、再び、あの、卑屈な、しかし、狡猾な、商人スマイルを、浮かべた。

彼の、心の中で、最後の、そして、最大の、博打の、賽は、投げられた。


「……話を聞きたい、と。……結構。ですがね、旦那方。……俺の、この情報は、タダじゃ、ありませんぜ……?」


フロンティア村が、放った、最初の、一石。

それは、ギルドという、巨大な、池の、表面では、小さな、波紋しか、生まなかった。

だが、その、水面下では。

誰も、気づかない、深い、深い場所で、確かに、巨大な、地殻変動が、始まろうとしていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


フロンティア村の、噂を、持ち帰った、商人バート。しかし、彼の、衝撃的な報告は、ギルドの、硬直した、官僚主義の前に、一笑に付されてしまいました。

彼の、絶望が、少しでも、伝わっていれば、幸いです。


しかし、物語は、ここで、終わりません。

ギルドが、無視した、その、小さな、火種。それは、野心的な、命知らずの、商人たちの間で、静かに、しかし、確実に、燃え広がり始めています。

次回、ついに、フロンティア村に、第二、第三の、来訪者が、訪れます。

彼らは、バートとは、違う。彼らは、本気で、宝の山を、掘り当てに来る、ハイエナたち。

ケイの、次なる、交渉の相手は、一筋縄では、いかないようです。


「面白い!」「商人バート、可哀想だけど、面白い!」「次の商人たちが、楽しみ!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、次なる、来訪者を、呼び込む、道標となります!


次回もどうぞ、お楽しみに。

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