save.4_潜む悪意
世界は赤く染まっていた。
国が、街が、人々が燃えていた。
あちこちで響く悲鳴と戦闘音。
しかし、それらは次第に消え、やがて燃え盛る炎の音だけが微かに響き続ける。
炎に包まれた世界を、エリーゼは1人駆け抜ける。
胸を焼くような焦燥と罪悪感が呼吸を乱す。
「はぁっ……はぁっ……なんで……こんなっ……」
目に映る全てが、酷い火傷のように脳裏に焼き付いていく。助けを求める声、必死に戦う者、地に転がった肉塊……
それらの光景が、残酷な現実を突きつけてくる。
「私はっ……なにを……っ」
勇者と呼ばれ、多くの人々に期待された。
事実、彼女は多くの人々を救ってきた。
しかし、救ってきた全てが、今目の前で崩れ落ちていく。
どれだけ走っただろうか。
エリーゼは燃え盛る大樹の元へと辿り着く。
煌々と燃え上がり、赤く染まる大樹の前に立つ男が1人。
「……ああ、お前か」
燃える大樹を眺めていた男がゆっくりとエリーゼへと振り返る。
焼け焦げた肌とヒビの入った角、男の目に光は無く、ぼんやりとエリーゼを見据える。
「随分と遅かったな……」
「見ろ……これがこの世界の結末だ。俺も……お前も、誰も望まぬ最悪の幕引き」
燃え盛る大樹へと視線を戻すと、男は力なく手を伸ばす。
「我々は……最初から間違えていたのだ。俺も、お前も……何もかも間違いでしかなかった」
「それが、世界樹が俺にもたらした答えだ。もはやこの世界に未来は無い、ただ燃え尽きるだけ」
「何が言いたい……これは……っ、お前がもたらした災いだろうっ!!」
エリーゼの叫びが響く。
そんな叫びに、自嘲するように笑うと、男は再びエリーゼへと振り返る。
「そうだな……俺の招いた事だ。だが、お前の過ちでもある」
「……っ」
男の言葉を、エリーゼは否定出来なかった。
彼女の背にかけられた期待が、彼女自身の罪となって突き刺さる。
「俺はもうじき、この世界樹と共に灰となる。それが俺の罰、そして……」
焼けた腕が、エリーゼへと伸ばされる。
既に、崩れ始めた身体が最後の魔力を放つ。
「お前には呪いを残そう。絶望と苦痛、決して消えぬ怨嗟の火種。その身に宿し続けるがいい」
そう言い残し、男は灰となって消えた。
魔王と呼ばれた者の最後は、あまりにも無惨で、あまりに無力だった。
「私の罪……」
燃える大樹の前で、エリーゼは膝を突く。
その姿は、まるで裁きを待つ罪人の様で……
「私は……」
腰に携えた剣をゆっくりと抜き放つ。
「私は……いったいどこで……」
残された勇者は、自らの聖剣でその心臓を貫いた。
流れ出る血が、真紅の刀身を染める。
『…………ああ、私はどこで間違えたのだろう』
酷い夢から覚めると、エリーゼは見知らぬ天井を眺めていた。
鈍る頭を叩き起し、記憶を探る。
「ああ……そう言えば、ルイスの家に泊まったんだったな」
すぐに、ここがルイスの家であることを思い出した。
昨日、アリシアと別れた2人は日が暮れるまで時間があることに気付き、ルイスの案内の元、王都を回り、この家へと辿り着いたのだった。
「ルイス……?」
エリーゼはベッドから身を起こし、辺りを見回す。小綺麗に整理された部屋、どこからか食欲を唆る匂いが漂ってくる。
匂いを辿り、足を進めるとキッチンに立つルイスの姿が見える。
「……ああ、勇者様お目覚めになられたのですね、おはようございます」
エリーゼに気付いたルイスが、振り向き笑顔を見せる。
「もうすぐ朝食が出来るので、少しだけ待っていてください」
ルイスの言葉に頷くと、エリーゼは近くに並べられたテーブルにつく。
広くはないが、しっかりとした造りで普通に暮らすには何不自由ないであろう家。ルイスの話では、かつて賢者アリシアが建てた家であり、何度かの改修の末、今の形に落ち着いたそうだ。
「……出発はいつぐらいになるんだ?」
「そうですね……夕暮れ前には出発出来ると思うのですが」
エリーゼの声に、ルイスが背中越しに答える。
昨日、街を歩きながら「今度こそ魔導車を用意して貰えますから!」とルイスは張り切って語っていた。
しかし、そうなると出発までかなり時間があることにエリーゼは気付く。
「そうか。出発まで何か予定はあるのか?」
「えっと、私は少し騎士団本部に……今日はアリシア様もいらっしゃるので、もう一度サンダーバードの件を」
ルイスは答えながら、朝食をテーブルへと並べる。トーストにサラダとスープ……簡素ながら美味しそうな見た目で、特にスープは先程から漂っていた香りを湯気とともに立ち登らせていた。
「どうぞ! 大したものじゃありませんが」
そう言って、ルイスもテーブルに着く。
「ああ、いただきます」
「はい! いただきます」
2人は朝日の差し込む中、朝食をとり始める。
朝食の後、エリーゼはルイスの提案で、1人王都の街並みを歩いていた。
『もしよろしければ王都を自由に回ってみてはどうですか? 昨日行った場所以外にも面白い場所は沢山ありますから。お金もお渡ししておきます』
そう言われ渡された、いくつかの金貨と銀貨の入った小袋を手に、こうして街を1人歩いているわけだ。
「しかし、広いな……」
小ぢんまりとした道を歩きながら呟くエリーゼ。
大通りにはいくつも分岐した道が繋がっており、それら全てに多様な店が立ち並んでいた。
ふと入った小路も、こうして長く続いている。
「この道はどこに続いているんだ……引き返したほうがいいか……?」
大通りに戻ろうかと、エリーゼが足を止めると
「おい、こらっ! 待て、止まれっ!」
遠くから声が聞こえてくる。
同時に、激しい足音がエリーゼへと近づいて来ている。
「いーやーだーっ!」
そんな叫び声と共に小さな女の子がエリーゼの方へと走ってくる。
少女はエリーゼを見るやいなや、縋るように駆け寄り裾を引く。
「おねーちゃん、助けてっ! お化けに食べられちゃうっ!」
「落ち着いて。お化けって言うのはいったい……」
必死にエリーゼへと助けを求める少女の様子に戸惑いながらも、目線を合わせ、なだめようと頭を撫でる。
「ああくそっ! いい加減にっ……っ!?」
そんな中、先程の怒鳴り声の主が現れ、エリーゼの姿を見て足を止める。
「あ、いや……すみません。ウチの子がご迷惑をおかけして」
取り繕うように頭を下げ、ゆっくりと近づく男。少女は隠れるようにエリーゼの後ろへ回りしがみつく。
その様子に違和感を覚えたエリーゼは少女を庇うように前へ出る。
「どうかしたのか? 随分と怯えているようだが」
「はははっ。いや、すみません。どうも今朝、悪夢を見たようで、それを現実だと思い込んでるんです」
男は困ったような笑いをこぼし答える。
「ちがうもんっ! みんなお化けに食べられちゃったのっ! わたしみたもんっ!」
男の答えに、少女は必死に叫び、エリーゼに訴える。
「アミーナ、いい加減にしなさい。そのお姉さんも困ってるだろう」
「…………う、うぅ」
男は諭すように言葉をかけるが、相変わらず少女は怯えた様子でエリーゼにしがみついたまま離れようとしない。
エリーゼは少しの思考の後、アミーナと呼ばれた少女に目線を合わせる。
「わかった。なら、私も一緒に行ってお化けがいるかどうか確認しよう。それでいいか?」
頭を撫でながら言い聞かせる。それは、アミーナに対するものであり、同時に背後の男への確認でもあった。
「……うん」
「それは……まぁ、私は構いませんが。いいんですか?」
「ああ、ちょうど暇していたからな」
男の視線が一瞬、エリーゼの腰にかけられた剣へと向いた事に気付きながらも、エリーゼはアミーナに微笑み、アリシアから受け取った聖剣のレプリカを差し出す。
「……? なに、これ?」
「ちょっとしたお守りさ。さ、行こう」
3人は路地を歩く。
相変わらずアミーナはエリーゼから離れず、前を歩く男は困り果てた様子でため息をつく。
「それで……あなたはいったい? 格好からして冒険者か何かで?」
「……そんなところだ」
念の為、勇者であることを伏せるエリーゼ。
微かな緊張感が2人を包んでいる。
しばらく道を進むと、古びた家屋の前に辿り着く。
「ここです。どうぞ、大したもてなしは出来ませんが」
男の案内に従い中へ入ると、ソファへ通されアミーナと共に腰掛ける。しばらくして、奥から男がティーカップを持ってくる。
「実はアミーナは知り合いの子で、しばらくの間預かることになってるんです。それで、ここは随分と古い家ですから……怖がってしまったのでしょう」
男は2人の前にティーカップを並べながら語る。
目の前に差し出されたティーカップには薄紫色の液体が注がれていた。
「……これは?」
「私の故郷で取れるお茶です。心を落ち着ける効能があるんです」
男の説明を聞きながら、エリーゼは目の前のティーカップへと視線を落とす。
微かだが魔力のこもった液体……
善意で差し出すには、あまりにも歪な魔力。
部屋中に貼り付けられたハリボテのような生活感と滲み出る違和感……
疑念が確信に変わる。
「……っ!? これは……なんのつもりですか?」
男は喉元に突きつけられた剣の感触に、引き攣った表情を浮かべる。
「それはこちらの台詞だ……一体なんのつもりだ? これは」
「な、なんの事だか……っ」
「気付かないとでも思ったのか? 子供に毒を飲ませようとはな」
真紅の刃を首に押し当てられ、額に冷や汗を滲ませる男を問い詰めるエリーゼ。
部屋の中には、張り詰めた空気が満ちていた。
しかし、それは緊張感と言うにはあまりに現実的で、肌を刺すような実感をもたらす。
「……これは」
エリーゼの意識が自分から結界へと逸れたのを男は見逃さず、すかさず距離を取る。
気付けば壁中に魔力が走り、部屋そのものが結界として機能していた。
「はっ! 馬鹿が、気付いたところでもうおせェよ。この家に入った時点でお前の負けさ、とっとと逃げときゃいいものをよ」
本性を晒した男が何かしらの魔法を発動しようとしている。
正直なところ、エリーゼは魔法について詳しいわけではない。それでも、この結界のもたらす力は彼女自身はともかくとして、傍らにいる少女に最悪な結果をもたらすことは明白。
(感じた違和感はこれが隠されていたからか……仕方ない、この家諸共……)
部屋そのものを基盤として構築された結界を破るため、エリーゼはアミーナを脇に抱え、手にした聖剣に魔力を込める。
しかし、エリーゼが聖剣を振るうよりも早く、眩い閃光が部屋を包む。
突如として放たれた閃光は結界を容易く崩壊させてしまった。そして、それがアミーナの持つ聖剣から放たれた事にエリーゼは気付いた。
それは以前、アリシアから渡され、エリーゼが少女に渡したお守り。
『ちょっとした魔除けよ』
「なるほど、流石は賢者ということか」
アリシアの言葉を思い出しエリーゼは微かに笑いをこぼす。彼女の言う、ちょっとした魔除けは、目の前にいる魔法使いが、手間をかけて準備していたであろう魔法をこうもあっさりと打ち破ってしまったのだから。
「く、クソっ! なんだってんだ」
結界を破られた男は一目散に扉へと走り、逃げようとする。
追いかけるか、アミーナの安全を優先するべきか……
「がっ!?」
その答えを出すまでもなく、逃げ出した男は突如蹴り開けられた扉に激突し、地に転がる。
「アルヴェリア王国騎士団、副団長のグレイだ。救難信号を受け参上した。悪いが調べさせて……」
「エリーゼ様……!?」
扉を蹴り開け部屋へと現れた男、グレイはエリーゼの姿を見つけ眉を上げる。
しかし、すぐに真剣な表情に戻り床に転がった男に視線を向けた。
「っ……た、助けてくれっ! あ、あの女が急に押し入ってきてっ!」
男はなりふり構わずに、荒唐無稽な嘘を並べ、外へと逃げようとする。
が、目の前に振り下ろされた大楯に行く手を阻まれる。
「子供を置いて逃げるつもりか? いずれにせよ、詳しい話は騎士団本部で聞く。全員、大人しくご同行願おう。抵抗するのであれば、容赦はしない」
グレイの警告と、外に並んだ兵士たちの姿に、男は観念したのかぐったりと項垂れる。
男が兵士たちに連れ出される中、グレイはエリーゼの元へと歩み寄る。
「グレイ副団長……なぜここに?」
「ああ、それは……」
エリーゼの疑問に、グレイは傍らに立つ少女の手に視線を落とす。
「その玩具にはアリシア様の魔法がかけられていて、危険を察知すると騎士団に場所と知らせを伝えてくれるのです。もちろん、範囲に限りはありますが」
グレイの説明に、エリーゼは納得したように頷く。
「それで、お嬢さん。名前を教えてくれるかな?」
「……わ、わたし……アミーナ」
「そうか。怪我はないかい?」
グレイはアミーナに目線を合わせるように屈むと、爽やかな笑顔で尋ねる。その様子にアミーナも、やや警戒しながらおずおずと答える。
「うん。お姉ちゃんが助けてくれたから……」
「それは良かった」
怪我がないことを確認すると、グレイはアミーナの頭を優しく撫でる。
「それでは、申し訳ありませんがエリーゼ様も」
「ああ」
エリーゼは頷くと、アミーナを連れグレイ達兵士と共に騎士団本部へと向かい、今回の事件について詳しく話した。
「勇者様!?」
話を終え、騎士団本部の外に置かれたベンチに座り、グレイが処理を終えるのを待っていると、ふと声が聞こえ振り向くと、驚いた顔で駆け寄ってくるルイスが見える。
「どうしてここに? なにかあったのですか?」
「ああ、すまない。少し面倒に巻き込まれて」
「はい。エリーゼ様は魔神教団から子供を助けられたんですよ」
心配そうにエリーゼの様子を確認するルイスに、ちょうどよく本部から出てきたグレイが答える。
傍らにはアミーナも連れており、エリーゼに気付くと表情を明るくして駆け寄る。
「お姉ちゃん!」
「あのね、助けてくれてありがとう! それで……これ……」
アミーナはエリーゼに感謝を伝えると、手に持った聖剣のレプリカを差し出す。しかし、エリーゼはそれを受け取ろうとはせず、頭を撫で、目線を合わせる。
「それは君が持っているといい」
「いいの?」
「ああ。私には、コレがあるからな」
腰に掛けた聖剣の柄に触れる。
アミーナはその言葉を聞くと、嬉しそうに聖剣のレプリカを握りしめる。
「あのね! 私魔法使いになれるんだって!」
「魔法使い?」
「はい。魔法使いの素養があるようですので、ひとまず騎士団で引き取り、魔法学校に入学させる形になったのです」
少し離れた場所で、ルイスと話していたグレイが戻り、話す。
「それから、イリステラへの出発の用意が出来たようです」
「わかった」
「お姉ちゃん。私、お姉ちゃんみたいなかっこいい魔法使いになるからね!お姉ちゃんも頑張ってね!」
「ああ。ありがとう」
アミーナはエリーゼに別れを告げ、グレイと共に騎士団本部へと入っていく。
横を向けば、いつの間にかルイスが傍らに立っており、エリーゼへ微笑む。
「流石です、勇者様」
「たまたま居合わせただけだよ」
「それにしても……魔神教団か」
連日の出来事を思い出し、ゆっくりと問題が広がりつつあることを感じながらも、2人はイリステラへと出発する。
エリーゼとルイスがイリステラへと出発した後、夜の帳が降りた王都は、人気を残しつつも、静けさに包まれていた。
「ふむ……」
騎士団本部、副団長執務室で1人グレイは積み上げられた書類と睨み合っていた。
「あら、まだ仕事していたの? あまり無理をしても余計な問題を増やすだけよ?」
音もなく部屋へと現れた声の主は、仕事机の上に腰掛ける。
「貴女こそ、明日からイリステラでの魔晶渦浄化作戦では? サンダーバードの件まで魔法協会で請け負うようですし、早めに休んだ方がいいかと」
「あら、私は何せ偉大な賢者だもの。体の作りが違うのよ」
返した言葉に悠然と答える様子に、グレイは深くため息をつく。
「いずれにせよ、ノックぐらいはしてください。アリシア団長」
「別にいいじゃない。それとも見られたら困るようなことでもしていたのかしら?」
揶揄うように笑うアリシアに、グレイは再びため息をつく。
「昼間の事件について調べていただけですよ」
「ああ、確か魔神教団が子供を使って実験しようとしていたって聞いたけど」
「はい。エリーゼ様のおかげで阻止することができましたが……」
グレイは手にした資料へと視線を落とす。
「なにか気になることでもあった?」
「それが、1つは連中が拠点として使っていた家なのですが……現在は所有者不明となっており、調査の結果から連中が鍵を持っていたことが分かっています。偶然手に入れたのか、もしくは……」
「もしくは、誰かにあの家を使うように指示された。と?」
「はい……」
「それから?」
アリシアは、山積みになった資料を1つ手に取り、グレイの話に耳を傾ける。
「もう1つは……エリーゼ様に聞いたのですが、連れられていた少女は、みんなお化けに食べられた。と話していたそうで」
「お化け? まぁ、子供だからそういう認識になることもあると思うけれど……」
現場に残されていた痕跡から、複数の子供達が連れられていた事が分かっていた。しかし、痕跡だけが残され、重要な物は全てどこかへと持ち去られた様子で、現在騎士団が捜索している状態となっていた。
「ただの勘違いであればいいのですが、話を聞く限り連中は子供達を使って人体実験を行っていた様ですし……」
「……そういえば、助けられた少女は魔法の素質があったわね」
「はい。犯人が魔神教団というのを考えると、"お化け"というのも何かあるのではないかと……」
逃げた者の存在、行方の分からない子供達……
積み重なる問題と滲み出す恐ろしい可能性に、2人は口を閉ざし、部屋の中に重苦しい雰囲気が漂う。
結局、その後も執務室の明かりが消えることのないまま、夜の闇は深みを増していった。




