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弟子入り志願(2)

ツェトラは新しい妹弟子とともに、研鑽(=実戦)を積みながら、辛抱強く北上を続けた。

やがて北限山脈ノーザン・エンドの頂を極め、下山する途中の道が二手に分かれた箇所までやって来た。

まっすぐに下りれば険しい山道。

左に行けばさらに険しくも、麗しく幻想的な景色が広がると言う渓谷の底まで続く道。


「ビシュラには申し訳ないけれど」

と言いつつ恋人に会いに戻る考えを変えなかった(そろそろ彼女からの愛情にえて来ているのだろうことはわかった)アルトが左の道を歩いて行くのを、小隊の皆で見送った。


勇気を振り絞った挙句に3日ほどで師匠を替えることになったビシュラは、それについて何一つ不平を口にしなかった。

目前の山小屋で休息をとり、すぐにハガネの飛行戦艦へ向かうことになった。

事件はその日の夜、風呂やキッチンまで備えた気の利いた山小屋の寝室で起きた。


「……」

深く眠りこけていたツェトラは、急に上からかかった負荷に気付いて目を覚ました。

「急に、どうしたのですか」


ささやくように問うたが、ふかふか布団の上から身体を押さえつけてくる相手は何も答えなかった。

軍師見習いの冷静さを発揮して、相手の反応を我慢強く待つ。

ビシュラが、ツェトラの間近にナイフを静かに突き立てた。

低位龍の鱗すらたやすく貫く魔法の刃がもと姫君の金の髪を散らし、雪のように光る。

「怖く、ないのですか」

「怖いですよ」


「悲鳴も上げない。なぜ」

「ある人に、こちらから無茶な提案を持ちかけました。その結果かなと」

「やたらと察しがいいんですね。度胸もある。意外です」


「不気味ですか?」

「ええまあ。不気味っていうか、気に入らないわ、いろいろと」

「自分を鍛える前だったら。戦いの教えを請い、心を磨く前であったなら。あなたの期待どおりだったでしょう。ただ泣くばかりだったでしょうね、エメに助けを求めて」


「今は平気? 魔法のナイフを突きつけられても」

「だから怖いんですってば。今すぐ悲鳴を上げたいし、ってでも逃げ出したい。でも、戦闘指揮のプロを目指すと宣言してしまいましたのでね。【軍師ストラテジスト】が、指揮官が恥を知らずに逃げ出せば、小隊は、騎士は、部隊はどうしたらよいのですか?」


「……なるほど。言いたいことはわかったわ。じゃ、この戦況をどうします? 助けは来ないですよ」

「何かしたのではないでしょうね、わたしの大事な仲間に」

「何もしていない。他の人に迷惑をかけてはならぬとのご命令です」


冒険者の間での私闘や決闘については、帝国および騎士団は何も関知しない。決して同族を殺してはならぬと言う、世界規模の争いを避けるための絶対的な不文律があるだけだ。

「であれば、わたしと一対一サシで勝負して来いとの任務でしょうか?」

「手段は問わぬと」


「暗殺ではなく勝負。安心しました」

闇夜に乗じての不意打は戦略のひとつである。自らの技術を最大限に用いて優位な状況を作り出したであろうビシュラを責める理由はない(触れ合っていて悪い気もしていない)。

依頼者を喜ばせるべく全力で当たるのも冒険者の務め。彼女は任務を遂行しているだけだ。

初撃を回避する事ができた(わざと外したに違いない)以上、決闘に同意するのはやぶさかではない。


「……早くなんとかしたらどうですか。わたしの依頼者が見ています。できれば膠着こうちゃくを避けたいの」

「そうですね。では」


エメリットならどうする?

ニアリングならどうする?

ハイジェンジヤならどうする?


ビシュラが再びナイフを構えた手を素早く振り下ろす。

ツェトラは口の中で転がすように転移魔法を小さく発動し、ナイフよりも早くふかふかベッドを抜け出した。


襲撃者が刺突を諦め、逃げ出した標的に向けてナイフを投げた。

丸腰のツェトラは仕方なく目と腕と掌を強化し、正確に飛来する刃を掴んで投げ返した。

「……見事です」

はっしと掴んだ飛び道具を腰元のホルダーに戻すと、ビシュラが少し間を置いてから動き始める。


決闘への期待と不安と興奮で、その青い瞳はとろけるように濡れ光っていた。

2022/1/9更新。

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