兄姉たち(1)
マクスウェルが秒速で書いた紹介状は8枚。対して、ツェトラの異母兄姉は10人に及ぶ。
ひとりっ子だと思って暮らしていたのが一挙に11人兄姉の末っ子になった──まぁ、それはこの際よしとする。
きょうだい同士の集会を終えてすぐ異世界へと飛び出して行った者も数人いると父は言ったし、その人たちと会うのが難しいのも強制的によしとする。
人数と書面の数が合わない方が不思議だと言ったら、父はまた笑って、ウィバートとガリカ・ローズの2人を呼んでくれた。
父を慕い、この屋敷で共に暮らしているとのことだ。
兄上も姉上も、マクスウェルとよく似ている。
違うのは目の色と髪の色、兄も姉も父よりはふっくらと豊かな顔つきをしていることくらいだろうか──まあ、有り体に言えば美男美女である。
父譲りのするどく輝く瞳が、今は優しく笑んでいる。
初対面のツェトラとしては実にありがたい。
「ぶっ飛んだことがあっても平気な顔してるのはさすが【軍師】見習いってとこだな。けど実はかなり複雑なんじゃないか」
人形劇や演劇の吹き替えを仕事にしているというウィバート兄上が、その生業を彼にもたらした魅力的な低音の声で問いかけて来る。
末の妹はおもしろい娘だと父から聞いているらしい。さっき本人が言った。
「正直に言えば。母ひとり娘ひとりの親子だという認識でしたので」
「だろーなぁ、俺らもそうだった。ヴィルジーナ達が来た時はびっくりしたもんよ」
「どうなさったの、その時は」
「良い子か悪い子かで言えば普通の子なんで、素直に"星"を見てもらって帝位継承権をブン投げた。ローズも同じさ」
「私たちは好きな道を歩ませてもらってるわ」
と兄に同意して品よく茶を飲む姉上は芸名で舞台女優をしており、ハンナとも知り合いなのだそうな。
もう少しがんばれば彼女のよきライバルとして認めてもらえるだろう、と言い添える。
帝位継承に必要であるとされている"星"を持たずに生まれた皇帝の子女が、帝位継承権をあさっての方向にブン投げて好きなことで生きて行くのを、わが国の人々は否定しない。
たとえば芸能活動ならば、実力がありさえすれば、人気と言う形で歓迎を示してさえくれるのだ。
ツェトラはそれが分かって、自分のことみたいに嬉しくなった。
「いつか、お二人のステージを見に行ってもいいですか」
「もちろんよ。ヒマな時に来てちょうだい、いつでも歓迎するわ」
「俺としちゃフリーパス券を渡してもいいが、そこまで特権を欲しがる妹だとは聞いてないからな」
「はい。ファンの皆さんと同じように、チケットを買って見に行きます」
あこがれの兄上と姉上ですから……とか格好いいことを言いたかったが、まだ2人とそれほど関わっていないことを思い出して、言葉を切る。
「楽しみにしておくよ。ツェトラはどうだ? どんな冒険をしてる?」
「そうですね……なりゆきやその場の流れに従うことの方が多いです。いろいろと動けるようになって来たとは思うのですが」
厳しくも優しい師匠たちや、頼りっぱなしの仲間たちのこと。
これまで楽しんで来た冒険旅行のことなどを、思いつくままに話す。
自分ではそれほど数奇な冒険をしているつもりがないし、今のところは誰かに守られる者として戦いを語るしかない。
「あまり危機に陥ったことがないですから、つまらないですかね……」
「そんなことないわ。私たちは戦ったり探検したりを選ばなかったし。自分が知らないことを聞くのって、とっても楽しい」
「まったくだ。お前を肯定してくれる人ばっかりじゃないだろうけど、少なくとも俺らきょうだいは皆お前の味方だ。個人的には、グルメ・レポートを重視して欲しいかな」
「他の人が本とか出版してますよ?」
「関係ないね。お前やお前の友達の意見が知りたいんだ。異世界のレシピとかもな」
「お兄様のガールフレンドが料理に夢中なのよ」
「……まさか、ディートリンデさんと仰るのでは」
「彼女の憧れの人だよ。ひょっとして知り合いだったりするのか!?」
「親しくさせて頂いてます。紹介状を書きましょうか」
ぜひ頼む、と言われては、頼れる妹としては、筆を執らずにはおれぬ。
2022/1/1更新。




