『影』と鍛錬の迷宮(2)
魔法都市の東の森とその奥の迷宮は、武術や魔法を学び始めた者や、この辺りで冒険稼業をスタートさせたばかりの者たちにとっての、恰好の鍛錬の場である。
5代目の国主『隻腕王』グラニートが発見、友達と一緒に探検して簡単に征服できた程度の攻略難度だ。
口をそろえて「3人でも楽勝だ」というようなことを言ったヒエンとアルトは本当に攻略をサボった。
確かに『初心者の館』なる施設が設置された第3階層まで、楽勝で攻略できてしまった。
蔦や樹木に覆われた迷宮そのものが観光地みたくなってるだなんて、誰も一言も教えてくれなかった──完っっ全に拍子抜けだ!
「テントいらなかったねー」
「準備の過程が楽しかったっしょ? テントは投資になったじゃん。他の小隊に貸し出すだけでもちょっとした商売になるよ」
エメリットとは微妙に異なるハイジェンジヤの前向きさが、ツェトラの若干がっかりした気分を救う。
「世界にはいろんな国があってさ。冒険者とか、騎士とかがたくさんいるわけじゃん? 開拓されてなかったり探検し尽くされてなかったりする場所が、そんなにあると思う?」
「ぐうの音も出ません」
「でもね、ツェトラ。がっかりしないで──行動したんだから、何も発見がないってわけじゃないと思うんだ」
ハイジェが気に留めたのは、にぎやかな酒場の窓際の席で楽しそうに談笑する軽装備の一団だ。
なつかしいねー、とか、苦戦してたんだよなー、とかの言葉が聞こえて来たから、この迷宮で鍛錬を積んでいた冒険者の小隊だと推測できた。
彼らは何か大きな任務を終えて休息期間を設けていて、身体や魔法が鈍ってしまわないように、懐かしい迷宮を訪れた、と言ったところだろうか。
「こんにちは」
人波に乗って彼らの席に近づき、声をかける。
「こんにちは、お嬢さん。僕らに何かご用事でしょうか」
人の好さそうな半猫族の少年が応じてくれた。
全員の名を聞いてから軽く事情を説明すると、だいぶ前にA級の判定をもらったという4人がほぼ同時に考える姿勢を取った。気の合った小隊のようだ。
「派手な冒険はしばらく控えたいな」
巨人族の【猟兵】チャドが言った。
彫りが深く縮れ毛で、褐色の肌がいかにも野性的。
彼に続いて「帝国騎士団ってなんか堅そうなイメージなんだよねー」と不安を口にしたのは、半狼族のシャイナだ。
そうでもないことをツェトラが説明すると、一転して興味を持ってくれたようだ。
ついでに、待遇や福利厚生などなど、ニアリングから聞いて知っている限りの情報を共有し、なかなか魅力ある組織だと全力でプレゼン&アピールした。
よいのではないか、と、蜥蜴人族(今はもこもこ衣服で膨れ上がっていて何の種族か分からなくなっているが)の【闘士】デズモンドが総意をまとめた。
「【忍者】ならざる我らが騎士団の要求に応え得るかどうか。俺は試してみたい」
「と、言うことですので……僕らはとりあえず帝都の方に行ってみようと思います。良い提案をありがとう、お嬢さん」
半猫族の少年、ジャセンタが微笑む。
全員が下戸だというちょっと珍しい小隊にりんごジュース1本を振る舞い、依頼料と騎士団試験の準備金を兼ねて、1000クレジット銀貨を5枚ほど手渡す。
実力のみを重んじるヴィッルジーナ陛下が直々に面接なさる場合は気にしなくてよいが、騎士団の幹部の中には身なりや礼儀を過度に重んじる堅物が居ると聞いている。
遠慮する冒険者たちに半ば強引に銀貨を握らせ、ツェトラは早々に彼らのテーブルを去った。
ハイジェのおかげで懸案事項のひとつが解決しそうだ。
異世界で生まれたから"星"は持っていないと言ったが、どうやら他人よりもかなり運がいいようだ。
礼を言ってしばらく見つめちゃったり(血脈の関係か、繰り返すがハイジェは絶世の美少女である)なんかしてしまっていると、「ラブコメする気になってくれたのかな?」などと爆弾発言をかましてくれたから堪らない。
「ラブコメについて詳しく! 逃がしませんよツェトラさま!」
とエメリットが全力で食いつくのは分かるけれど、
「恋愛話ならちょうだい!」とシャイナまで駆け寄って来るのはどういうことなのだと思わざるを得ないツェトラであった。
2021/12/25更新。
2021/12/27更新。




