魔法の扉の先には(1)
初心者向けの迷宮である『鍛錬の迷宮』だが、地下4階では思わぬ苦戦を強いられることになった。
迷宮の最奥に控えていた、いわゆるラスボス──『隻腕王の像』の問いかけに、ツェトラがうまく答えられなかったためだ。
忍者を探す任務を完遂できそうなメドがついて、気が抜けていなかったと言えば嘘になる。
グラニートの為人をエメローデから聞き出さなかったのも要因の一つかもしれない。
せめてもう少し考えて、様々な想定の許に問答に臨むべきだったのだ。
「2人ともごめーん!」
爆笑しながらすさまじい速さで追いかけて来る石像の追撃を何とかかわしつつ、大声で叫ぶ。
謝ってもどうにもならないことだが、言い訳のひとつでもしておかないと、ツェトラの気が済まない。
『王』の幻影魔法で無限にも思える広さになった迷宮の一室を、なんだかよく分からない黄金のアクセサリーをじゃらじゃらさせながら、必死に逃げ回らなくてはならなくなった。
少なくとも、「迷宮の難度が物足りないか」とか「もっとレベルアップしたいか」といったような質問に素直に「はい」と答えなければ、このような状況にはなっていなかったはずなのだ。
ひたすら笑いながら追っかけて来る石像は全盛期のグラニートがモデルであるらしく、相当にハンサムで成人男性としては細身ながらも筋肉質な、理想的なプロポーションを誇っている。
別に捕まったって取って喰われるわけでもあるまいが、いくら物語の白馬の王子様みたいな石像が相手でも、哄笑とともに追撃されれば逃げたくなるのが人情ってものだ。
「ツェトラ!」
エメに声をかけられたと思ったら、次の瞬間には、ツェトラは親友の腕の中にいた。
今まで走っていた場所を、何だか危なそうな魔法の光線が通過して行くのを、高く跳躍したメイドの腕の中で見つめる。
『王』の方で手加減はしてくれているだろうけど、当たったらものすごく熱いか冷たいかの思いをするところだった。
「ありがと、エメ」
「そろそろ反撃しときます?」
「やってみよっか」
ツェトラは床に降りると、素早くアイテムボックスを開いた。
攻撃魔法は勉強中(捗ってない)なので、敵に投げつける系統の物品を手早く選び出す。
テキトーにポイポイ取り出す火炎瓶やら鈍器やら爆弾やらを、エメがすごい勢いで投げまくった。
石の身体とは言え、相手は赤銅の義手の王、【魔法剣士】グラニートそのものである。
その爆笑と前進が止まることはない。
しかし、投げつけられた凶器を剣で斬り落としたりする間の隙を、ハイジェが見逃すはずもない。
転移魔法してツェトラの前に現れると、詠唱を短縮して次々に攻撃魔法を放つ。
逃げたいのは山々だが、また無茶な魔法の使い方をして倒れられても困る。
「エメ、走って!!!」
ツェトラはエメリットに短く指示を出すと、いっぱしの使い手のように詠唱を短縮して、ありったけの身体強化魔法をメイドに行使した。
力強く頷いたエメリットの眼に、長い通路の先が見えているかどうかは分からない。
だが、脱兎のごとく駆け出した勢いそのままに、【格闘士】見習いは、必ず目的を果たしてくれるに違いない。
ハイジェに意識を向け直すと、自らの魔力を出来る限り分け与えて魔法の行使を補助する。
『火炎』、『雷撃』、『氷結』、『烈風』──。
美少女魔導師のレパートリーはメジャーな攻撃魔法だけではなく、『土砂』『輝光』『暗黒』など扱いが難しいとされる魔法にまで及んだ。
足止めにしてはド派手な魔法の連続起動にも、ツェトラの心は浮き立たなかった。
隻腕王の爆笑が止んでいる。
……まずいっ!
「ハイジェ、エメの方へ転移魔法をっ!」
ツェトラは背中を走った寒気に押されるようにして、迷いをようやく捨てた。
歌うような魔法の詠唱が響いて来る方向へ、夢中で魔剣を投げつける。
詠唱が止まる。
金属音──魔剣が弾き落とされた。
転移魔法によって遠く引き離したグラニート像が、気分を切り替えるかのように姿勢を低くして走りだそうとした瞬間、
追っかけっこの終わりを知らせる鐘の音が、幻の空間に響き渡った。
2021/12/27更新。




