第三皇女(1)
ツェトラは2番目の姉上が昼の休憩の時間をほとんど自分のために使ってくれたことを嬉しく思いながら一緒にお弁当を食べた。
授業を受けに戻ったウィシュメリアと別れ、どこからともなく現れて合流した魔導師と共に城下町を徒歩で抜け、東へ。
「お身体も鍛えていらしたか」
息を弾ませることも文句の一つも言うこともない様子を見てとったギルネストが問う。
「いいえ。でも、意地を通すなら多少の無理もしなければね。皇帝陛下のご都合もあるでしょうが、できれば今日中には用を済ませてしまいたいのです──ヴァイロン卿の温情にはあまりすがりたくない」
姑息にも口をつぐんだ魔導師と共に草原を歩くこと暫し、帝国騎士団が訓練場として使っている小高い丘に着いた。
ギルネストの提案を受け入れて休憩しているうちに、短い下草を踏み分ける馬の足音が近づいて来た。
一角馬だ。純白の体毛が覆う背中に緋色の鞍をつけ、その上に小柄な人物を載せて、ツェトラの方へゆっくりと歩み寄る。
すぐに、馬上の人影がはっきりと見えた。
15歳の第3皇女、ヴィルジーナ=ロートシュテルン殿下その人である。
ツェトラとそう変わらない身長だ。同年代の女性としても小柄な方だろう、戦をなさると思えないほどすらりとした細身。
若干大きなひさしのついた軍帽を含め、騎士らしい装備が良く似合っていらっしゃる。
赤を基調としたサイズぴったりの軍服の腰のベルトに立派な拵えの鞘を刷いている。
腰のあたりまで長く伸ばしてた銀髪が夏の爽やかな風に遊ぶのを、ツェトラは見るともなく見る。
皇女が愛馬の背中を降りて、異母妹の前に立つ。
左利きの騎士が差し出した左手を信頼の証と受け取り、ツェトラも右手を差し出して短く握手を交わす。
「こんにちは、ツェトラ。待っていたよ」
どんな気を利かせてか、ヴィルジーナの愛馬がひざを折り、草原に横たわる。
窮屈そうな軍帽を取っ払った姉上に促されて、彼女と同じように、一角馬の身体にもたれかかって座り込んだ。
沈黙が降りる。
でも、全然気まずくなんかならなかった。
「お姉様は」
「うん?」
「帝位を継ぎたい? わたしの"星"が欲しい?」
「『それより君が欲しいな』なーんて言ったらどうする?」
「ご冗談だとしか」
ちょっとからかってみましょうかと言わんばかりの姉の言葉に、いかにも常識人っぽく普通の返答を返す。
もしまったく血縁がなければ、どうだか分かったもんじゃない──と思うほどには、3番目の姉は魅力的である。
「だよねぇ、ふふ! 僕は少しだけ、ほかの人と考え方とかが違うんだ。昔から女の子が好きだったり、ひとりで動物たちと過ごすのが好きだったりね。少なくとも、お姉様達みたいに国を治められる器じゃあない。できるとしたら、僕なんかを信頼して命を預けてくれる騎士団を、間違いなく率いることだけだ。本当は君のことも、この手で守ってあげたいんだけどね」
律儀にも「触っていいかい」と仰るので、小さく頷いて許す。
「きれいな髪だね」
「お姉様も。どんなケアをなさっているんですか」
「傍仕えに任せっきりさ。王侯貴族なんて嫌なもんだろ」
ヴィルジーナは自己評価と自己肯定感が低い。
ギルネストから聞いた限り、既に騎士団に並び立つ者がないほど強く、また美しくていらっしゃるのにもかかわらずだ。
思い切って尋ねてみた。
悪意も他意も無いことを伝えたのが良かったのか、真剣に考えてくださったようだ。
「僕は名家の子じゃないし"星"も持っていない。ついでに言えば普通の人間でもない。宮廷じゃ君と同じ立場でもあった。父上に庶子として認められたかどうかの違いさ」
第3皇女が小さく何事かを呟く。小柄な体が濃い霧に覆われた。
一瞬でその霧が晴れると、ヴィルジーナの頭にはふさふさした猫の耳が生えていた。
可愛らしくよく聞こえそうな人間の耳とあわせて4つ。
お召しものも、窮屈そうな軍装ではなく、拳や蹴りを使う戦士が好む身軽な戦闘服に変わった。
胸のあたりくらいしか覆っていない大胆な上半身とは不釣り合いなほど長い緋色のスカートが眼を引く。耳と同じくふさふさなはずの尻尾を邪魔に思っているのか、魔法で隠してしまっているようだ。
「ツェトラに問題。僕は何でしょう?」
「……半猫族」
「大正解~」
分かり切った問答である。
「まあ、僕なりの"心の許し方"みたいなもんなんだよ」と言われて、ツェトラは妙に納得した。
2021/8/23更新。
2021/8/24更新。
2021/8/27更新。