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別離と前途

愛する兄に別れを告げてなお、ヒエンは迷った。

恋や焦燥しょうそうのためにではなく、彼の前途についてだ。

親身になって相談と言うか話をするまでは独力で出来るが、ツェトラには北方におけるコネがない。


詰め所を出てしばらくは共に旅することになり、帝都から数えて8番目の街に到着すると、有名だという喫茶店に入った。

柑橘かんきつを使ったホットジュースを飲みながら4人で頭を悩ませていると、転移魔法でどこかに行っていたアルト師が戻って来た。


「ああ疲れたぁ」と全く疲れていないアルトが言った。

いそがしく各所を回って来たからおやつをおごれ、と言うのである。

ツェトラは自分の懐に気を遣いつつ、喫茶店を一手で有名にした温かいスイーツを、遠慮したヒエンの分も含めて注文した。


焼き立てふわふわで、丁寧にホイップした生クリームがたっぷり添えられたパンケーキが、食いしん坊の【魔剣士】をたちまちのうちに上機嫌にさせる。

小さく遮音結界を展開すると、ツェトラが任せた用事の報告をしてくれた。


「頼まれてた許可取りができたよ。どこもかしこも全然かまわないってさ。ヒエンはどうしたい?」


ブルー・ナイツの長ベルガモッド、『白き豹の血統』を率いるレイラ=エンフィールド。

帝国の北部のほとんどを占める自治領であり巨大な都市国家である『雪と氷(ノーザン・)の魔法(マジック・)都市(ステート)』を治めるエメローデ女王。

そして帝国騎士団がこうべを垂れる若き君主、ヴィルジーナ=ロートシュテルン陛下。


ヒエンの身の振り方について相談した主な人物から──ここでは省くがその他の人物・組織からも──アルトは色よい返答を得て戻ったのだ。


「で、あれば……いま少し。ここでの任務が終わるまでは、帝国騎士団に身を置きとうござる」

「嘘はダメだなー、ハッタリならいいけど」


「ぐっ……」

「たった一言、別れ際に本音を言い交わしたからって。すぐに元の関係に戻れるってことじゃないでしょ? きみがあの場面に全部賭けて、燃やし尽くしたと思ってる感情が再燃しないとも限らない。そんな状態でラブコメ楽しめるわけないじゃん。ちがう?」


「貴公の仰るとおりにござる。拙者のような若輩者が辞職や長期休暇を願って受け入れられるものでしょうか?」

「大丈夫。()()()()()()()()()に確認したから間違いない。【忍者】がそう言うなら仕方がないだろう、って笑っていらしたよ」


「では、どのように職を離れれば? 拙者、なーんか嫌な予感がしますが」

「うん、リクエストがあったよ。腕のいい【忍者】をスカウトして欲しいんだってさ」

「だーっ、やっぱりぃ!」


ツェトラは全然知らなかったが、()()()()()()()()()には早期・中途退職者に無茶振りする悪いクセがあるらしい。

なるほど、反則チート級の才覚を持つ者も少なくない冒険者の中にあって、専業の者が特に数少ないと言われる【忍者】を探して来いとは。

なかなかの無茶振りであると言わざるを得ない。


「腕のいい【忍者】ですか。基準みたいなものを設けると仰っていましたか?」

「この際、強さ()()は問わないと。即戦力を引っ張って来るのが一番難しいのを分かってるみたい」


「ふぅむ……どうしましょうか」

ツェトラは頭を働かせて、「強さ()()」という妙に遊びのある言い方に着目した。

ずるい解釈だと我ながら思うが、お姉様があえて残したと思われる隙を最大限に活用する手法を思いついた。


「ヒエン殿、依頼料の件ですが……経費を含めて、もう少しだけ奮発して頂けますか?」

「無論だ。あなた方にはとても世話になっておる。首尾よくこの依頼を果たしてくれたら、今の拙者の資産をすべて託しても良い」


「ありがとうございます。勉強させていただきます」

あまり銭金ぜにかねと騒ぎたくないが、ツェトラも超一流の冒険者を目指す身である。

「好意で人に接するのは大事だけど、お金のことをきっちりするのも大事だよ」とハイジェに言われてもいることだ。

ここらできちんとした契約を結んで仕事をこなす練習をしてもいいと思った。


依頼者の了解を取り付けて今日から3日間の休暇を手に入れ、おいしいパンケーキを改めて味わう。

2021/12/17更新。

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