北限へ(1)
バルバロイはアラルガントのもとで"ギャンブル修行"をするため(聞けばカジノ関係者にも帝国による認定資格があるそうな)、妻ユードラは家事スキルを向上させるため、帝都に留まる事となった。
そして、小隊の前衛を務めて来たニアも。
やっとまとまった休みが取れそうだというヴィルジーナ陛下からの手紙を受け取った時から、ツェトラは彼女に休暇を取るようすすめていた。
魔法の手紙を通じての遠距離恋愛をものともしていなかったまじめな騎士も、若き夫婦の互いを思いやる愛情を見たからか、ようやく想い人と親しく触れあう気になったようだ。
「楽しき旅路となりますことを」
「うん。おみやげ買って帰るからね。お姉様をよろしく」
これまで手に入れた様々の素材を君主への手土産として、ニアリングは彼女が一人住まいする小さな家へと戻って行った。、
一緒に見送って「寂しくなりますね」としみじみ言っていたハイジェはしかし、すぐにその言葉をひっこめることになってしまった。
ツェトラが「今度は寒いところに行きますよー」と気軽に声をかけたら、「じゃあついてく~」とこれまた軽薄なノリでアルト=ブラッドが応じたのである。
高名な【大賢者】でもある吸血鬼の力を分け与えられたアルトは、日光や暑さにも強い肉体を手にしているが、夜間や寒い土地の方が力を発揮できるらしい。
「前衛は任せてよ」と穏やかに豪語し、食料品を自費で用意して、ツェトラの小隊に加わった。
何が起きても彼女がいれば安心──なんてことは決してない。
2日前に帝都を出立して以降、明らかに魔物と遭遇する機会が増えているし、個体の強さも南方とは段違いだ。
南方への旅行でも数々の街や宿泊所に立ち寄ったが、この旅でもすでに2回、ロッジとコテージでお世話になった。
ツェトラは自らに戦いの才覚なきことを自覚させられる思いだったが、弱音を吐くのはちがうと思っている。
「いっそ自動車か飛行船でも買っておけば捗ったんでしょうか……」
「おっ、だいぶ本音が出てくるようになったね。でも焦っちゃだーめ、派手に使えるようなお金もないでしょ?」
「うぅ……反論できません」
「まあ、銭だ金だって言いまくるのもどうかと思うし」
アルトが微笑しながら軽く腕を振る。「ほい、ヒット」
上空からこちらの様子をうかがっていた鳥類のような魔物が、恐るべき石つぶての直撃を受けてぼとりと草地に落ちて消えた。
怪猿族が扱う簡易な投擲武器を、「きれいだから」とアルトが欲しかったのだ。
丁寧な手仕事で球形に整えられた石に魔力を付与して自在に操る師の華麗さに見とれて、一も二もなく譲ったというわけ。
「あとで魔物が大挙して襲って来たりしません?」
草原の上に散らばって残った魔鳥の羽根を回収しつつ、ハイジェンジアがあまり考えたくない可能性に触れた。
どう見ても偵察を任務とする人工の魔物と分かる、派手な外見だったからだ。
「大丈夫さ」
アルトが応えた。
「この辺りならだいたいコネがあるんだ、ぼく。雪と氷が支配する地では吸血鬼の方が顔が広いって、相場が決まってるんだよ」
「ええと、それってつまり」
「ぼくの知り合いの冒険者ギルドから挑戦を受けることになるだろう。どうするかは君が決めてくれ、ツェトラ」
アルト=ブラッド師がにっこりして曰く、対決の方法はふたつ。
冒険者ギルドを代表して4人1組の小隊同士で戦う『試合』か、ギルドごとぶつかり合う『合戦』だ。
ツェトラは自ら招いた気まずい沈黙に耐えて、懸命に魔剣技の師の真意を掴もうとした。
生徒に無茶をさせることは師のつとめではない。少なくとも、『赤き龍の宴』では弟子は大事にするもんだという暗黙の了解が浸透している。
アルト師にはその決まりを破る意図も、ギルド長を差し置いて組織の全体に関わることを勝手に決めてやろうなんて思いも無いはずだ。
単にいたずらが好きなのだ──葱背負った鴨(最近覚えた)としては規模の大小を少しは考えて欲しいところだが、筋金入りの悪戯者はそんなこと気にしちゃいないと相場が決まってるんである。
ツェトラは、ウォード公と戦った時のような乱戦にはなるまいと儚い期待をしつつ、『試合』を選択した。
近いうちに、まだ名も知らぬ北方のギルドの精鋭部隊と対決することになる。
嫌だけど、逃げてはならない。ほんの少しワクワクしている自分の心に背くことはできない。
そうこなくっちゃ、などと節をつけて言いつつ、アルトが魔法の手紙をさらさらと記す。
2021/12/6更新。
2021/12/7更新。




