海中コテージ
"スーパー金持ち"になるのは、いくらコネがあろうと簡単ではない。
若い夫婦もそれが分かった上で依頼をしてくれだ。やたらと急いだり焦ったりはしなかった。
子ども達が割ったスイカを味わい、ひと晩を過ごすことにして、海中コテージの内部で暫くくつろぐ。
ツェトラが椅子の背もたれを倒し、もたれかかって休んでいると、遠くのカウンターから出て来たコテージの店員がゆっくりと近づいて来る。
宿泊予約を受けていたはずの団体客の人数がめまぐるしく減ったり増えたりを繰り返した様子を、かなり困惑しながら見ていたようだ。
ツェトラは若干あわてて椅子から立ち上がり(間に合った)、浅く一礼する。
「混乱させてしまって申し訳ありません。わたしはツェトラと申します。冒険者です。こっちの2人はわたしの仲間です」
女性店員が安心したように微笑み、宿泊客の名簿と筆記具を手渡して来る。
できる限り丁寧にサインして返却すると、改めて深い礼をしてみせた。
黒いスーツがとてもよく似合っている。
「こちらこそ大変に失礼いたしました。本日は当館をご利用くださいまして、ありがとうございます。皆様がたは当館をご予約いただきましたバルバロイ様ご家族のお知り合いと言うことでよろしいでしょうか」
「はい、間違いありません。わたし達も1泊して帰りたいのですが、お部屋はありますか?」
「ございます。当日ですので追加料金を頂くことになってしまいますが」
「助かります。それと、ちょっと折り入ってご相談したいことがあるのですが……」
何なりとどうぞ、と力強く言った女性に、木工細工や自動人形を取引したい旨を告げて、雑貨店などの販路を紹介してもらえないか願ってみる。
「お任せくださいませ、ツェトラ様」
豊かな胸でも叩きそうな彼女の自信の源を聞けば、「両親が当館の館長でして。私にも、この周辺の商店街とのコネクションがあったりするのです」とこっそり教えてくれた。
語り口の軽妙さと言い、容姿の可愛らしさと言い、巧妙に隠した魔力の大きさと言い──すれ違っただけで済ませてしまうにはあまりにも面白い人物だ。
彼女が近くにいるだけでも伝わってくる、いかにもただ者ではない雰囲気に押されるようにして、ツェトラは思い切って名前を尋ねる。
「ハイジェンジヤ=レーゲンシュタットと申します。ハイジェとお呼びください」
女性店員──ハイジェは再び浅く頭を下げると、一度ツェトラの席から離れた。
客の許しを得てテーブルの対面に座ると、赤い蝶ネクタイを緩めて微笑む。
言葉にはしないが、どうやら話をするためにわざわざ休憩の許可を取って来たようだ。
先に軽く事情を説明するのを、大きくて丸い瞳を星のように瞬かせながら、集中して聞いてくれた。
その返礼を兼ねて、ツェトラも彼女自身について話を丁寧に聞く。
曰く、父母による魔法の修行と並行して実家でアルバイトに励み、自立するためのお金を貯めている最中だと。
「立ち入ったことを伺いますが……お店のお仕事と魔法の勉強、どちらが魅力的だと思いますか?」
「古くから住んでいた世界をあえて離れて事業を起こした父のように……その世界で『楽園』と呼ばれていた島を出て魔法を修めた母のように。私も広い世界をこの目で見てみたいと思っています」
アルバイトも楽しいから、今の状況に不満がある訳でもないのだけど──と遠慮がちに言い添えて、ハイジェンジヤがあいまいな笑みを浮かべた。
困った時のクセなのか、その白い手は毛先が様々な方向に跳ね返った青い長髪に触れ続けている。
「もしよければですが……わたしの小隊に入りませんか? ハイジェさん」
「……それは?」
「友人知人にすばらしい先生になってくれる人が大勢、居ます。魔法や武術だけでなく大抵のことは教えてもらえるのではないかと思います。メリットは少なくないと自負します」
住み慣れた場所で安全に、家族とともに楽しく過ごす日々と比べれば、冒険も魔法の学習もリスクでしかないだろう。
初めてギャンブルに手を出したような気持で、ツェトラは魔導師見習いの美少女が言葉を選ぶのを待った。
2021/11/30更新。




