"星"を巡って(3)
そうだな、と小さく呟いたジュリアスが、戦いの場にあるがごとく高めていた緊張を解いた。
「失礼な事を言って、すみませんでした」
まず深く頭を下げ、夫婦に謝罪する。
それが受け入れられると、安心したような笑顔を見せた。
すべてを打開する秘策なんてのは持ってないが……と前置きしつつ、
「とりあえず俺が想いつくのは、2人がスーパー金持ちになって家族を運営し続けること。ひとつの家族が際限なく大きくなった氏族もいるし、不可能じゃないと思う。それからもうひとつは、子育てを人任せにしてしまうことだ。これにもアテがある、安心してくれていいよ」
と提案を並べた。
自分のいた世界では仕事を持つ両親が子どもを預けるための設備や制度が整っていたことや、『灼土帝国』でもこれから託児所などが増えてゆくだろうことを話しつつも、ジュリアスはバルバロイとユードラが迷わず前者を選ぼうとするのが分かっているような表情をしている。
実際、夫婦は自分達で家族を運営して行きたいと言った。
この場の誰もが次の発言を譲り合って、意図しない沈黙が降りて来る。
それを待っていたかのように、夫妻の子ども達が、見事に砕け散ったスイカを手に手に戻って来た。
「途中から聞いていました」
次女エウィルゥが両親にスイカを手渡した後、立ち聞きしてごめんなさい、と軽く頭を下げた。
自分達としてはパパとママにずっと仲良く居て欲しい、と子ども達の間でまとめた意見を述べる。
「私たちは決めていた通り、3人でママのお家へ行きます。パパたちがその……"スーパーお金持ち"になるまでの間に、私たちもパパ達のお手伝いができるようになります」
ユードラが子ども達の提案に嬉しげに頷きながら、皆が実家で冷遇されないか心配だと隠さずに打ち明ける。
「そこは俺に任せてくれ」
親子の覚悟をようやく見極めて満足したのか、美青年が黒いジャケットに包んだ胸を軽く叩く。
「めちゃくちゃ失礼かました挙句にろくすっぽ提案を出せなかったからな──エウィルゥ達が優位に立ち回れる状況を整えさせてもらおう」
「良いお考えがあるのですね? ジュリアス殿には」
「予測も推測も自信もあるさ、ツェトラ。口だけ大将になるわけいかねぇよ」
「安心しました。──彼にお任せして良いですか?」
彼女達の状況をよくする手段なんぞひとつも思いつかない自分を棚に上げて、ツェトラがエウィルゥに問いかける。
子ども達が一斉に破顔し、元気に頷いた。
決まりだな、となぜか右手の親指を立てた【勇者】が、健気で勇敢な子ども達に向けて指を鳴らす。
銀色の霧に包まれたかと思うと、ついさっきまで可愛い水着で遊び回っていたはずの子ども達が、すっかり小さな紳士淑女の装いに変わった。
潮の香りや砂の粒まできれいに落ちているのは一体どういう仕組みなんだろうか。
「俺のいた世界に『善は急げ』っていう言葉があってな……これからママのお家へ行くぞ。君らの最初の勝負だ。準備はいいか?」
右手を軽く掲げたジュリアスに子ども達がノリノリで同調すると、【勇者】はすぐに転移魔法を発動し、姿を消してしまった。
「……夏の嵐みたいでしたね」
あるじと同じく、次々に変わる状況を見守るので手一杯だったエメリットが、静かに言った。
うっかりすると主役の座を奪われそうで怖い、とメタなジョークを返して周囲を笑わせ(ほどほどにしておいて欲しいもんである)、ツェトラは腰かけた椅子の背もたれに寄り掛かった。
ジュリアスが『善は急げ』で北へと向かった以上、バルロバイとユードラを"スーパー金持ち"にまで押し上げる手段を考えなければならない。
フォルデやハガネ師(弟子入りを許可された)、メルヴェイユ師に相談してみるべきだろう。
ウッドローブと共同で帝国の西端に出店する予定の雑貨店も順調に開店準備が整いつつあるようだし、決してアテがないわけでもない。
「わたしはジュリアス殿ほど万能ではありませんが……、安心してお任せください」
ツェトラは気取らず、だがきちんと姿勢を正して、言った。
改めて夫妻の依頼を受けるついでに、とりあえずスイカを頂きましょうと提案して、了承された。
2021/11/29更新。




