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魔族の領域(7)

夕食を終えてその足で魔法の書物などを売る店に向かい、頑固そうな店主と商談していると、美しい小姓こしょうを連れた公爵閣下が突然に現れた。

店の主人は愚痴ることもなく魔法でテーブルセットを用意し、カウンター奥に引っ込んで行った。

ツェトラは飽くまでも冷静に振る舞った。


「お初にお目にかかる」と胸に手を当てて一礼し着座した超絶イケメンが、続けて静かに口を開いた。「早速だが、その宝石細工を私に売って頂けないだろうか、ツェトラ殿?」

「お会いできて光栄です、ヴェンツェル公。こちらの細工物はその実、最高純度の魔力の塊なのですが……いかほどで買い取っていただけるでしょうか」


「──あいにく現在の我が領にはこれを適正な価格で買い取れるほどの外貨の準備がござらぬ。ここは我らの持つなにがしかと交換と言うわけには参りませぬかな?」

「アズユール姫のご遊学をお助けいただけるのであれば、不満はありません」

「ツェトラ殿のご友人、契約もなさっているお仲間と知りつつ公女殿下を学舎にスカウトさせていただいたのはこちらだ。当然に盤石の態勢でお迎えすると確約いたす」


「では……」

ツェトラは対面の席から離れると、からくり箱から宝石を移し替えて持っていた小箱を公爵に恭しく手渡した。

高価な物だからもっとゴネることもできただろうけど、そうしたところであまり面白くないし、意味もないだろう。

最も優先すべきは自らの楽しみでなく、アズユールの向学心を十全に満たす環境を少しでも整えることだ。


「確かに。それでは交渉の続きと参りましょう。ツェトラ殿は此度こたびの対価として何を望まれるか? 色々と思われることもあろうが、ここはご自分の利益にのみ重きを置いて考えられるが良かろう」

迂遠うえん丁寧ていねいな言い方だったが、イケメン公爵は"あんまり無欲な態度とかしてるとストレス溜まるぞ"と仰りたいんである。


分かりにくくも心強いご厚意に、ツェトラは思い切って甘えてみることにした。ニアやエメと目配せし、浅く頷き合う。

「人材を」

「能力の程度は」

「これから伸びる、化けると閣下が思われるかたを──わたしは、わたし以外のどなたかが成長する様を見て、そこからいくつもの物事を学び取りたいのです。今のところはひねくれた子どもの我儘わがままに過ぎませんが……叶えてくださいますか? ヴェンツェル公爵」


「なるほど。ツェトラ殿は言わば、ご自分が人材の演出家プロデューサーたり得るかをお考えなのだな」

「はい」


ヴェンツェル公爵が腕を組んだ。

ことこの公爵に──妖魔族に持ち掛ける場合、突っぱねられても仕方のない要求である。


妖魔族は尋常ならざる美しさを持つゆえか、男女問わず同性のカップルが多い。

創造魔法の最高峰、さらにその最奥たる『生命』の領域に手を伸ばすならば、それでも両親の血を分けた実子をもうけることは不可能ではない。


不可能でないというだけで、積極的にその手段を取る人がそれほどいるわけでもない。

必然、種族としての人口は世界中を見渡しても多くはない。

純血の妖魔族の若者となれば、尚更なおさらだ。


「で、ありますな──少々、難しい条件であると申さねばならないことを、どうかお許しいただきたく思う」

「いいえ。こちらこそ、ご無理を申し上げました」


「小さな淑女のお求めを無下にせねばならぬのは私としても非常に残念だ。ここはひとつ、妖魔族が自慢のコネクションを使って御覧ごらんに入れようではないか」

公爵はどこからともなく羽ペンと質の良い紙を取り出すと、さらさらと記述してゆく。

姿やしぐさについていちいち美しさを描写していては紙幅が足りずキリがないので、思い切ってはぶくこととする。


クルト=ヴェンツェルが妖魔族の力の一端として知られる人脈を披露すべく、ツェトラに複数枚の書面を封じた包みを手渡した。

「十全とは言いがたいが、これと私が思い当たる魔導具マジック・アイテムをお渡しすることにて対価に替えさせて頂こう。……それにしても、うまく端折はしょられたなぁ」

「作者の語彙力ボキャブラリの限界かと」

「ふっ、なかなか面白いことを仰る」


ほどほどにしておきたまえよ、と言って少年のように笑う茶髪の公爵は、きっと領内の誰にとっても魅力的であるに違いなかった。

2021/11/19更新。

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