小休止
ジゼルの指摘の通り、『卵』からは魔物ではなく魔族が誕生した。
ツェトラが何となく思っていた通り、『ひねくれシャダル』が作り上げた宝石細工には高い純度の魔力が込められていた。
美しく加工された魔力の結晶を惜しみなく与えたのが功を奏したのか、新しく生まれた魔族の子は人間族とほぼ差異のない身体で生まれた。
総毛立つような経緯を経たとは思えないほど可憐な娘だった。
なぜか一発で懐かれたジゼルが困っていたが、意外なことに(失礼きわまる)小さな子供の面倒を見るのが嫌いでないらしい。
「しばらくは"分け与える"相手に不自由しないね」なんて言って上機嫌であった。
さて──。
盗賊団の人員に応急手当てを行い、彼らの"逃走"を手伝った(キャンデロロがすぐに済ませてくれた)後、一行は簡単な話し合いの時間を持った。
とにもかくにも、新しく生まれた魔族の娘を保護しなければならないということになった。
溜まりに溜まった(主にツェトラの)疲労を解消する目的も兼ねて、荒野の道なき道に沿って南へと歩き、人間族と少数の妖魔族が平和裏に共存する小国にたどり着いた。
さまざまな種族に強力なコネのある小人族の貴族のおかげで、おしなべて気難しい(例外あり)妖魔族からも問答無用の歓待を受けた。
野菜と川魚を使った豪勢な料理を堪能し、妖魔族の薬湯にしっかり浸かった挙句、国で一番の宿泊施設を格安で利用させてもらえることにまでなった。
この上なくぜいたくな休息時間である。
「それにしたって寝て起きたら次の日の夕方って……ないわ~……マジでないわぁ」
寝ぼけたまま説明的にボヤいて、ツェトラは枕元のボードに置かれていたガラスのポットを傾けて、ハーブティーを自前のカップに注ぎ入れた。
繊細な高級茶が体温で暖まってしまう前に、冷たい甘さを喉にしみ込ませた。
喉が渇きに渇いた時に飲むビールの最初の一杯のうまさについて、『赤き龍の宴』の冒険者(主におっさん達)が力説するのを何度も聞いているが……目が覚めるほど冷たくておいしいお茶を吞んだ時と、どんなふうに違うのだろう。
なんてことを考えながら身支度を整える。
最近は長く伸ばした髪を後ろでひとつに結ぶのがお気に入りだ。
鏡に映せば我ながらわりと可愛らしいし、簡単に自分で髪を整えられる点も非常に好みである。
昨晩、残念そうに別室に案内されて行ったエメは何をしているだろうか。
新しい生命──もしかしたら全く新しい魔族ということになるかも知れない(ジゼル談)幼子の誕生に立ち会ったばかりだというのに、やはりエメリットのことばかり気にしてしまう。
ちょっと悔しいが、ジュリアスが「2人でいればいいと思うけどなー」と言っていた意味が、今さら分かった気がした。
あの子がいないときっと全然だめなのだわ、わたしったら。
「……」
焦りに似ていてもそれでなく、欲望に似ていてもそれでなく──まだ名前を付ける事ができずにいるけれど、とにかく自分が彼女に対して熱く激しい感情を持っている事だけは認めざるを得まい。
ツェトラは浅く息をついた。
ゆっくりと気分を切り替え、ようやく個室を出る。
ウォード2世が治める蜥蜴人族の領地よりも効力な結界に守られた妖魔族の小国は、ここまでの道のりが荒れに荒れた未開の地に近かったとは全然思えないほど、美しく豊かな緑の森に包まれている。
ツェトラは、周囲の荘厳なまでの景色を見る余裕もないまま大きなログハウスを歩き、屋上の寝室から直下のレストラン・バーまで降りてみた。
「おー、こっちだこっち」
長身の女性がテーブル席から立ち上がり、ツェトラに向けて手を振っている。
誰~っ!?
などと慌てずに済むのは、昨日、船をこぎながらも、一緒に薬湯を浴びたからだ。
晴れ渡った青空の如き長髪を持ち、戦士らしい長躯とうらやまし──もとい大胆なプロポーションを誇る彼女こそは、"ンディガ"ことアズユール公女その人である。
面倒になったのか気が楽になったのか、ごく短い間に強靭な肉体の扱い方を十全に学んだのかは聞かなければわからないけれど、公女はもはや何の遠慮もなく美しく豊かな正体をあらわにしていた。
2021/11/16更新。




