ちょっとした調査です(5)
計12日を費やした長い往路の末、ツェトラ達は帝国領の最南端に位置する小さな村にたどり着いた。
食事や消耗品の補給を済ませ、昼下がりまで長めの休憩をとったあと、いよいよ帝国から貴族階級を与えられた魔族たちが治める小国家群へと踏み出すことになった。
村を出発すると、いきなり石がごろごろと転がる荒野に出た。
だが、異世界の乗り物は、乗客を少しも不快にさせることなく力強く進む。
さきほどカーティスが車輪をすべて取り換えていたのはこのためだったのだと、後部座席に移ったツェトラも気づく。
なんとなく馬で走るほうが似合いそうな荒々しい景色をメイドと共に眺めているうちに、車は石造りの大きな館の前で止まった。
灰色のごつごつした石を積み上げているのか、建物は多少とも歪で粗削りな四角形だ。
カーティスが来客用の駐車場に車を回す間に、真っ黒なスーツを平気で着こなした2人の魔族がツェトラ達を穏やかに出迎えた。
館の敷地の範囲を示すために敷き詰められているのだろう、黒く細かい砂利を踏み鳴らして玄関前まで歩く。
案内役の黒服が言うには"戦闘服が正装みたいなものだ"とのことなので、衣装のことは気にせずカーティスを待ち、合流して大きな館の中に入った。
広い玄関ロビーをまっすぐに通り抜け、機敏な敬礼を見せた警備兵にあいさつし、彼らが開けてくれた大きなドアの内側へ。
ちょっとだけ豪華な造りのソファに座って飲み物のグラスを傾けていた体格のいい男性が立ち上がり、愛想よく一礼してくれた。
「ようこそお客人」
「お招きを頂きありがとうございます、ウォード公」
「遠路悪路のところをよく来られた。カーティスの新しい後輩というのはお嬢さんたちだな」
「はい、ツェトラと申します。小隊の仲間のエメリットとニアリングと共に参上いたしました──以後、お見知り置きくださいませ」
スカートの両端を持ち上げて左脚を後ろへ引き、右脚をわずかに曲げて浅くお辞儀する。
「これは丁寧に……痛み入る」
一連の動作が親友たちと無意識にそろっていたらしく、ウォード公は爬虫類の瞳を微笑ましげに細めた。
まあ楽にしてくれと館の主人が続けて述べ、深緑色の鱗に覆われた武骨な指を軽く弾いて、木製の椅子と飲み物の瓶、グラスを用意する。
寛大で気さくな魔族の公爵の気遣いに甘えて椅子に腰かけ、ツェトラ達は紫色の飲み物をさっそく味わう。
ワインはまだ早いと伝わっているのか、すっきりとした風味と喉ごしが心地よい葡萄ジュースだ。
荒野に住みながらどうやってブドウを栽培しているのか気になって、失礼を承知で尋ねてみる。
「玄関ロビーを右手へ抜けると屋内農場がある。そこで水を循環させ、さまざまの果実を育てておるのさ。俺たちはとことん肉を食べたい性分だが『そればかりでは楽しくなかろう』と親父が初代の皇帝に言われてな。それならこの地の蜥蜴人族も人間族に負けぬ文化を手に入れてやろうと発奮した訳さ」
蛮勇を誇っていた頃の矜持は変えないまま文化の獲得に傾注し、人間族の大国と対等に交易を重ねて領土を運営するまでになった。
さすがに一代で事をなしたわけではないと謙遜したものの、功績を素直に称えれば当代ウォード公も悪い気はしていないようである。
「で、ウォード。頼まれてた件なんだけどさ」
話にひと段落つくまで黙って見守っていたカーティスが親しげに口を開いた。
当代が公爵位を継ぐ前から付き合いがあるそうで、彼女には何の気づかいも遠慮もない。
こちらが丁寧なあいさつをしたから丁寧に応対してくれただけで、本当はもっとざっくばらんで豪快な公爵なんだろうな、とツェトラは内心で思う。
「おお、そうだそうだ。ロル・フィンは元気にしているだろうな? バルトークやギジェルモは無茶し過ぎてはおるまいな?」
「心配しすぎだよ……ちゃんと手紙も預かって来たし、少しは見かけ通り堂々と構えていたらどうだい」
「豪胆であろうとすることと可愛い養子らを気にかけるのは別だ。そっちだって後輩がかわいくてしょうがないんだろうが──顔にちゃんと書いてあるぞ」
2021/11/2更新。




