悩むの後回し!(3)
『赤き龍の宴』が誇る【忍者】カーティスは大酒飲みで笑い上戸、気風の良い姉御肌の冒険者である。
──と、研修の2日目あたりだったか、キョウコから聞いた。
キョウコ師匠が彼女を評価した時の言葉遣いの意味はその場で教わった。
【忍者】という職業そのものについても、某ハゲ魔導師から贈られた辞典で調べて知識の一部とした。
そうしてからカーティス姉御と関わった方が良いだろうと直感したのが、今となってはとても正しいことだったのだとツェトラは思う。
ディートリンテが作った異世界の甘味を食べ終わる頃には彼女らしくもなくふにゃふにゃ状態になって動けなくなってしまった(以前の飲み会でもなぜか果実ジュースで同じ状態になった)ニアリングを軽く担いで、カーティスがツェトラ宅の居間まで丁寧に運んでくれた。
それだけでなく、簡単な台所で気付け薬みたいな何かを作ってニアに飲ませてもくれた。
一撃でニアを現実に引き戻したそれは二日酔いの薬として使われるらしく、味見させてもらうととても苦かった。
お酒が飲めるようになっても決して派手な飲み方はすまるいと、カーティスの爆笑を聞きながら、ツェトラは誓った。
それにしても、当然のようになんでもそつなくこなしてしまうカーティス姉御を見るにつけ──【忍者】の仕事ぶりを一度でも目にした人々と同じように──憧れを持たずにはいられないツェトラである。
『職業なんでも辞典』の記述によれば【忍者】とは、【勇者】や【大賢者】等と同じく、冒険者を分類するための職業の呼称であるだけでなく、強き戦士に与えられる称号のうちのひとつなのだと言う。
どこからともなく風のように現れ、独特の投擲武器と圧倒的な身体能力、冴えに冴える忍者刀を変幻自在に操って任務を完璧にこなす。そうして、また嵐のように去ってゆく。
そういうプロフェッショナルをさして、古今東西を問わず、何かしらのあこがれや畏怖を以って呼びならわされて来たそうである。
自分が目指す『最強』のひとつの形なのだろうとツェトラは勝手に思っているし、そんな風に言ってみたら、姉御も苦笑したけれど決して否定はしなかった。
「ところで、今日の風呂は誰と入るんだい? あたし? キョウコちゃん? 新規開拓でキルシュ姉妹とかどーよ?」
「新規開拓って何ですか……お誘い頂いたので今夜は姉御と」
「はっはっは。そうだろうそうだろう」
期待を込めて誘ってもらえれば、迷わず一緒に風呂に入ることにするほどには、個人的に仲良くなれてもいる。
ザンダーやフィリップといった陽気で豪快なおっさん達とも、最初に比べれば親しく話せるようになった。
基本的には無口なニアリングや、言葉が要らないほど互いに深くかかわっているエメリット。ディートリンテやロル・フィンといった、声や弁舌に頼らない人々と関わっている方が今のところ気分も楽だ。
けれど、良い変化だと思えないこともない。
ギルドの会員たちに話しかけられたり話しかけたりするたびに少しおどおどしてしまっていたのが嘘みたいだ、と我ながら思う。
もしも鍛錬を頑張り続けて、姉御みたいな実力者になれれば……。
もっと自信を持って人と接する事ができるようになるのだろうか。
エメに手を引かれて歩くニアに歩調を合わせながら歩くうちに、自然に姉御の凛々しい顔を見つめてしまっていたようだ。
「考えごとかい?」
「うん。でも、後にします。楽しむ方が先だもの」
「それがいいよ。考えてどうにかできることかどうかってのを、まず考えてみることさ」
悩んだり考え込んだりすることを、誰にも禁止されていない。
ただ、適切に後回しにできれば良いだろうと、カーティスを含めた複数の講師がそれぞれの言い方で口をそろえる。
ツェトラも、そのようにしてみようという気になっている。
「姉御、今日は時間ありますか」
「仕事かい? あたしは高価いよ」
「ううん。話がしたくて」
「いいよ。酒もおごってくれたらなー、なんて」
「いいですよ。好きなだけってわけには行かないけど」
「マジで!?」
「ほら、今日は例の食事会ですから」
「ああー、そっか。おめでとう」
何かにつけて食事会を開くのが恒例らしいが、やはり生徒が節目を迎えるのを喜ばしく思ってくれているようだ。
姉御に笑顔で髪をくしゃりと撫でられると、どうしても赤面してしまうツェトラである。
褒められるのには簡単に慣れられそうにない。
2021/10/25更新。




