鍛えと学びとその価値と(2)
「おはよう、ツェトラ、エメ」
「おはようございます、アルト」
昨日とはまるで別人のようにしっかりした口調のアルト=ブラッドとあいさつを交わす。
微笑みの暖かさや柔らかな物腰は変わらず、だが今朝の彼女は確かに講師らしく凛として見える。
鮮やかに燃える赤で染め抜いたローブも、朱色を含んだ金の長髪をまとめる髪留めも、これ以上ないほど似合っている。
たっぷり眠ってたっぷり食べたから気分がいいんだ、とのこと。
「よく来てくれたね。ぼくの講義を選んでくれてありがとう」
「いえ……よろしくお願いいたします、先生」
先生は照れるな~、と応じつつ、アルトが中庭の中央あたりまで歩いた。
『赤き龍の宴』ギルド館の広く美しい中庭は訓練場も兼ねている。
「ちょっと見ててね」
微笑んだ魔剣士が、アイテムボックスから大きな岩を取り出した。
魔法で浮かべた岩を慎重に目の前に置く。ずしりと重そうな音が響いた。
まさか──とツェトラは思った。
知らないうちに、声にも同じ言葉を載せた。
「そのまさかだよ」
少し長く息を吐いたかと思うと、アルトは既に剣を鞘払い、左手で構えていた。
自らの背丈の3倍はある岩に正面から対峙する。
大きな鳥が片方の羽根を開くような動作で下から上へ腕を振り、切りつける。
パンでも断ち割ったかのように簡単に、大岩が縦に真っ二つになる様子を、ツェトラもエメも呆然と眺めるしかなかった。
「まずは魔剣でどんなことができるか見てもらおうと思ってね」
振り向いたアルトが、ちょっとだけ誇らしげに微笑む。
腕っぷしひとつで冒険者を続けて来た自負と矜持が、何も言わなくても伝わってくるようだった。
「すごいです……わたしにも、できるようになるのかな」
「ぶっちゃけ講師の資格は持ってないから、それはわかんないけど」
「はっきり言ってもらえるの、うれしいです」
「そう? ……強くなってみたいってのは聞いてるし、練習してみるに越したことはないよ。自分から未来を閉ざす必要なんてどこにもない」
今度は君の剣を見せて、と穏やかに言われて、ツェトラは戦闘服のベルトに刷いた剣をゆっくりと鞘払う。
自分で見てみた時と違って、夏の日差しを受けて輝く白銀の刀身が、蒼い燐光をまとっていることに気づいた。
「ぼくの魔力に魔法金属が共鳴してるんだよ。よーく注意すれば音も聞き取れるはずさ」
眼を閉じて耳に意識を集中する。
確かにかすかな音が聞こえた。
魔剣の使い手たる2人の戦士が剣を交える時、その戦場は気高い歌声のような音と、強い魔力の輝きに彩られる──何の小説だったか、そんな美しい描写を目にしたことがある。
あれは本当だったのだ……!
ツェトラはつい嬉しくなって、授業中にもかかわらずエメリットに目配せした。
エメも応じはしたものの、すぐに先生の方に注意を戻すよう無言でサインを送って来た。
言葉のないやりとりが終わるのを見計らったかのように、アルトが中庭の芝生に座り込む。
生徒たちにもそうするよう促し、口を開いた。
「普通の剣は腕力で振る、あるいは技量を身につけて操る。ダ・シウバ卿の大型剣を見せてもらったことはある? キョウコさんの刀も超かっこいいんだぜ」
「いえ、どちらもまだ……」
「あの小隊の人らはすごく優しいから、色々と頼んでみるといいよ」
「うん」
「話を戻そう──魔剣は魔力で扱う。さっき岩を斬ろうとしたとき、ぼくは身体にぜんぜん力を入れていなかった。剣の重さで腕が下がるのに任せて、自然に構えていたんだ」
「わたしの魔剣は羽根みたいに軽いんですが」
「それは作った人が君にあわせてくれたんだ。しっくりくる扱い方を君が見出せれば、きっと生涯の相棒になる。大事にしなきゃあいけないよ。ウッドローブさんあたりが"売ってくれ"とか言ったと思うけど」
「丁重にお断りしました。その代わり、一緒に雑貨の店を出せればと言う話をしています」
ぼくにも一枚噛ませてよ、と微笑んで、アルトが携帯食の堅パンをかじる。
エメリットが手作りクッキーを定期で買うよう持ち掛けると、一も二もなく頷いた。
2021/10/12更新。




