帝都にて(4)
静かな喫茶店『ささやき』での明るい密談を終えたツェトラは、高層建築の住宅街と一体になった商店街での買い物を楽しんだ。
大抵の商店が昔ながらの木造平屋建てだったので、間違って民家の扉を叩いてしまったりすることはなかった。
民家をたずねて話を聞きたいなら、冒険者登録が有効になってからの方が何かと都合が良い──とはジュリアスの助言で、ツェトラにはまだその意味がよくわかっていなかったりする。
一両日中には正式に冒険者になれるとのことなので、楽しみに待つことにしている。
夕刻までに買い物と散歩を切り上げ、帝都の地理に明るいニアのおかげで迷わず『赤き龍の宴』のギルド館に戻った。
カウンターの奥から控えめに微笑んだ受付嬢と帰還の挨拶を交わす。
「もうすぐ歓迎会の準備ができますよ。アルトさんを起こして来てくださいね」
「わかりました」
ツェトラはエメと競走するように長い階段を駆け上がり、3階までたどり着く。けっこうな運動だが働き者のメイドは息ひとつ乱していないので、自分はまだまだだと思う。
ギルド館に宿を取って暮らすメンバーは現在20人ほどいて、広くて高い構造の館の3階と4階に彼ら彼女らのための個室が用意されている。
3階に寝泊まりしている女性メンバーの中でも特にお寝坊さんなアルトの部屋を確かめ、2回ノックする。
メンバーやスタッフの間に絶対的な信頼があるからなのか、部屋の鍵は開いている。
が、肝心の返事がない。
やはり、プリムローズの言っていた手法をとらざるを得ないようだ。
小さくため息をついたツェトラが、受付嬢から預かった小さなシンバルをエメに渡す。
小人族の職人が作った魔法のクラッシュ・シンバルだ。
「構いませんからこれで大きな音をさせてください」
とのことだった。受付嬢も他の事務員も、ギルドのメンバー達でさえ、彼女を起こすのに手を焼いて来たらしいのである。
エメリットは楽器に触れたことが全くないが、両手にシンバルを構えて立つ姿がなかなか様になっている。
ツェトラが耳をふさぐのを確認すると、決意を固めた表情で左右のシンバルを高らかに鳴らした。
小型の見かけに反して、大きな鐘を思い切り叩いたような音が響き渡る。
どんなお寝坊さんだって、起きない方がおかしいくらいの音だ。
豪華なベッドですぅすぅと小さな寝息を立てていた女性が、だるそうに半身を起こしたのは、それでもたっぷり1分後であった。
ふわぁ、と大あくびをして、そのまま「おはよぉ……」と呟く。
「おはようございます。もうすぐお夕飯ですが、動けそうですか?」
「……おなかすいた……」
ツェトラはもぞもぞ起き出して来たのの手を優しく取り、ゆっくり歩いて姿見の前に立った。
念のために断りを入れてから彼女の髪をていねいに整える。
それから、求めに応えて白い薄絹を何枚も織り重ねて作られたオーバーサイズの寝間着(初夏だが長袖だ)の袖をまくり、肘のあたりで紐を巻いて留める。
背中から腕を美しくもおびただしい刺青が覆っているように見えたが、親しく話し合えるようになるまでは見なかったことにしておく。
身の回りのことをエメに任せきりにしていなくてよかった、と、アルトの表情を見て思う。
「……かならず、役に立つんで……寝ぼけてる間はご勘弁」
「いいんですよ、アルト。お互い様です」
「ありがとー……」
良く食べよく眠る人物だと、ジュリアス聞いている通りだ。
「ニアは?」
「1階で他の皆さんとお話を」
「そう。気になったりしないの? あの子のこと」
「なりますが……専属になってもらったからと言って、いつも一緒に居られるわけでもないですし」
突然の別れがあっても気落ちしないよう予防線を張っている──なんてことを、言えるはずもないツェトラである。
離れて行く人の心を繋ぎ止める力を持っていないなどと、誰が自分から認めたいだろうか?
「まあ、それもそうだね。ツェトラがそう思うようになったワケを聞いてみたいけど、まぁ、ぼくが先に襟を開いて話すべきだろうな」
少しも追及せずににっこりと口角を緩めるアルトと、なんだかすぐに打ち解けられそうだとツェトラは思う。
雑談しながら階段を降りる冒険者の足取りから、徐々にふわふわした空気がが逃げてゆくようだった。
2021/10/6更新。
2021/10/7更新。




