帝都にて(1)
受付嬢や『赤き龍の宴』にいる人々と楽しく会話しながら昼食を終え、ツェトラ達は『灼土帝国』の首都をゆっくり見て回ることにした。
大国の広い領地からもたらされる富が集まる大都会を、前回おとずれた時には自分の目で見る余裕もなかったのである。
愛馬をギルドの事務員のひとり(受付嬢を含めて3人いる)に任せ、エメリットと連れ立って館を出る。
新たな雇用主よりも早く行動してギルド館の門前で待機していたニアリングと合流し、見るからに高級な材料を用いて整備された広い通りを歩く。
『いい感じにひなびた』(フォルデ談)西端の小さな別荘地と違って、四角形でかなり高さのある建物群が見渡す限り続き、民家らしき建物に混じって豪華そうな外装の店もきらびやかな看板をたくさん掲げている。
大規模な商店街と住宅地が混ざっている、とでも理解すればいいのだろうか。
「異世界の街並みを参考に整備されたと聞き及んでおります」
雇用主がどうしても目移りしてしまっているのを敏感に察したニアリングが、低めの涼しい声で言う。
どうも彼女はその声がコンプレックスであるらしく、人前でめったに口を開かないのはそのためだと言っていた。
ツェトラが思っていたよりは軽めの事情ではあったけれど、本人にしてみれば大問題だろうと思うので、無理に話そうとしなくて良いと契約内容に付加しておいた。
「それで、変わった建物が多いのね」
「おそらくは」
もしも彼女が声質を気にせず、今のように訥々とでも胸の内を明かしてくれるようになったなら──自分たちの間にはきっと、契約を超えた関係が築けているだろう。
その時を内心で楽しみにしつつ、気まぐれで選んだパン屋に入ってみた。
『天運』の"星"でも持っていたら、ここで偶然の出会いがあったり騒動が起きたりと非日常的なできごとがあったかもしれない。
だが、店員が明朗に迎えてくれた小さな店舗は至って日常的な食料品店である。
半袖の作業着の上にエプロンをかけた男性がわざわざカウンターを離れ、こだわりの商品をすすめてくれた。
帝国領の西端から仕入れた数種類の麦を使い、名店で修業して高めた手仕事で作るパンが帝都でも評判なのだと、顔の濃い中年がドヤ顔をしてみせる。
おそらく彼は客の顔を覚えていて、新顔だから話しかけてくれたのだろう。
推測を言葉にしてみると、子どもの時からやたらと物覚えがいいのだと上機嫌で応じる。
やはり手仕事の方ではなく、接客に向いた"星"を持って生まれたらしい。苦労して身につけたからこそ、鋭い味覚や様々な材料を吟味する目を含めて、パン職人としての腕前に誇りを持っているに違いなかった。
少食で済ませるのに慣れているツェトラだが、所狭しと並べられた焼き立てパンの魅力に抗えるはずもない。
ギルド館で休息しているもう一人の冒険者、アルト=ブラッドの分も含めて、少し多めにパンを買いこんで店を出た。
エメリットと店長が働くことについて熱弁をかわしてもいたし、きっと贔屓の店になってゆくだろう。
特別でなくても、非日常でなくても、幸運な出会いである。
「ギルド仲間がご迷惑をおかけします」
「迷惑なんかじゃないです、ニア。アルトの事情は聞いています」
長く伸ばした薄赤の髪を揺らして頭を下げたニアリングを安心させるべく、ツェトラが雇用主らしく言った。
さっそく愛称で呼ぶのを許してくれていることの方がうれしかったりするから不思議だ。
「は。ありがとうございます」
「あは……堅いですよ、ニア。ジュリアス殿くらい軽くないと」
「彼は軽すぎます。『赤き龍の宴』の人はみんな破天荒だったりとても気まぐれだったり、ちょうどいいお手本が居なくて、困っています」
まじめでしっかり者らしいニアリングは、うっかりすると往来で『姫様』なんて呼んできそうだ。
ツェトラにこだわりがあるとすれば、もう姫君などではないという一点だけである。
とりあえず真面目なもと騎士の口数を増やすのを目指すべきかもしれない。
そう思って、ツェトラは控えめな意匠の看板を掲げた喫茶店のドアを開けた。
2021/9/27更新。
2021/9/29更新。




