帝都にて(2)
やはり、異常なほど静かだ。
昼だというのに薄暗い店内のそこかしこに、鈍く淡く様々な色に光るろうそくが灯されている。
若い男性の店主がちらりと目礼をしてきた程度で、カウンターの内側で立ち働く2人の従業員も、数人いる他の客たちも、誰もツェトラ達に関心を示していないようだ。
目線を隠すための仮面までつけた彼ら彼女らには、外の音が何一つ聞こえていないのだ。
古い言葉で"ささやき"を意味する店名がすべてであった。
ごく小さな遮音結界を展開できる魔導具が客たちに貸与され、茶を1杯頼めば何時間でも居座って内緒話ができる──と、店主が無言で渡してきた書類に説明してあった。
冷静に周囲を観察する習慣や、文章を注意深く読む習慣が身についていることに感謝しつつ、ツェトラも2人を伴って、空いているテーブル席に腰かけた。
テーブルの端に備え付けられている燭台に貸し出されたろうそくを据え、小さなマッチを擦って火をつけた。
青白い炎の燐光のような輝きが、そのまま遮音結界となっているようだ。
ツェトラはまず、ニアリングの話を聞きたがった。
新たな皇帝の依頼があったとはいえ、苦労して入団しただろう騎士団を早速に辞することになってしまったのは、相当に悔しかったのではないかと思ったからだ。
「一切、後悔しておりません」
「それは?」
「ヴィルジーナ様と、僭越ながらお約束をして参りました」
「聞いてもいいですか」
「は。幼い頃より陛下と共に鍛えた槍の技であなたをお守りするようにと」
遮音結界がある事で安心したのか、ニアリングはかなり立ち入った事情まで話してくれた。
曰くヴィルジーナとは幼い頃からの付き合いで、互いに深く心を許し合い、時には頼り合って来た仲なのだと。
皇帝となった彼女の近くに居続けるには、他の誰にも届かない功績を挙げる必要があるのではないかと思ったことも。
そう思っていた時、ツェトラを秘密裏に警護するようヴィルジーナから特別に頼まれたことも。
ツェトラが無事に自立を果たすまで勤め上げたのち、近衛騎士として改めて叙勲して欲しいと願い出て、了承を受けていることも。
生真面目な女性騎士は、爽やかなほど正直に話してくれたのであった。
「好きなのですね、お姉様が」
「は……お恥ずかしい限りです」
「どうして? 素敵じゃない、ずっと想い合えているなんて」
「だからと言ってツェトラ様、あなたを利用していい理由にはなりません。ヴィルジーナ様からのご依頼とは言え交換条件のようにして引き受けてしまったのを、今さらながら恥じ入るばかりです」
「それで引け目があるのね? 卑しいことをしたと思っているわけですか」
「はっ……」
「ニアの考えを否定するようで悪いけど、別にお姉様やあなたに利用されるなんて思わないわよ、わたし」
「え」
「わたしを守ることがあなたの想いを叶えるために必要なら、是非そうしてほしい。無茶をしても許してくれるならだけどね」
「どんな無茶をなさるおつもりですか」
「冒険者になるからには目指してみたいのよね、いわゆる"最強"ってのを」
「最強、でありますか」
「おかしいかしら? 子どもっぽいと思うわよね」
「いいえ、決して良くない目標ではありません。冒険者ならば誰もが一度は夢見ることです。ただ、ひとくちに"最強"と言いましても様々の定義がありますから、やさしくはないと思います」
「ニアは優しいですね」
「……それは?」
「だれかのことが心配になると、とたんに口数が増える。ちがう?」
「あ……っ、そ、そうですね……」
「とても嬉しいです。気遣ってくれてありがとう、ニアリング。……あなたの想いが1日でも早く叶うよう、わたしも惜しまず努力します。とりあえず筋力トレーニングからかしらね」
「いえ……少なくとも魔剣を扱う限り、通常の筋力はそれほど必要ではありません」
「あら、そうなの?」
「はい。私の剣技はたしなみ程度ですから、詳しくはアルトにお尋ねください。滅茶苦茶強いですよ、あの子」
2021/10/1更新。
2021/10/2更新。




