新たな道
ツェトラはスカートのベルトに魔剣を刷いて、再び家を出た。
庭先で黙々と草を食べていた仔馬に声をかけて跳び乗り、エメリットを後ろに乗せて平原へ出た。
帝都の西端は穀倉地帯で、意外と高い帝国の食料自給率に結構な貢献を果たしている。
ツェトラ達の家の周りにも陸稲や小麦の畑が広がっており、その先には小さな森やほどよい大きさの川がある。
広葉樹がほとんどを占める森の地権者は年老いて、すでに土地に関する権利の一切を放棄している。
つまり、畑を突っ切った先の森と川は、このあたりに住む皆の物というわけ。
ツェトラは小さな森に着くとすぐ、管理人のウッドローブ氏が住む小屋を尋ねた。
「ウッドローブさん、こんにちは」
「やあ、ツェトラ。急にどうしたの」
「森の木を切ってもいいでしょうか」
「構わないけど……君がかい?」
「ちょっと試してみたいなって」
丸メガネの奥の目を丸くした青年が、ツェトラの魔剣に気づいた。
「なるほど。そういうことなら僕が心配するまでもないな。1本くらいなら持って帰ってもいいよ」
「本当!? ありがとう!」
ツェトラは洋々と地を踏みしめ、森の入り口に立った。
音も立てずについて来た(全然気づかなかった)ウッドローブが、木と話でもするかのように、幹に手を触れてゆく。
これならいい、と言われた1本の前に立つ。
「ツェトラも剣術を始めたの?」
「ごく最近、ほんの少しですけど教わりました」
「そうなんだ。気を付けるんだよ」
こくりと慎重に頷いて、専用の魔剣を初めて鞘払う。
やはり手足の延長のように軽い。形は細剣だが、お姉様は一般的な剣と同じように斬ったり叩いたりもできると仰っていた。
『天運』の"星"をお譲りした時、ヴィルジーナは「何の対価にもならないだろうけど」なんて謙遜しつつ、少しだけ剣の手ほどきをしてくれた。
「最初は深く考えなくていい」との助言通り、ツェトラは特に何を意識することもなく、剣を構えた腕を軽く振った。
母がすごい腕前で(きっと母の"星"だったのだろう)振るったハサミは、嘘みたいに良く切れていた。
そのハサミで薄紙を切る時みたいに、切れた。
あっさりと切れてしまった。
ツェトラは喜ぶよりも先に、驚きのために、わずかに身震いした。
手足の長いウッドローブなら軽く一抱えにできそうな、人間2人分くらいの太さの木ではあるが、青年がすばやく浮遊魔法を使って木を浮かせてくれていなかったらと思うとゾッとする。
初心者にもなっていない、非力な自分が使って、この有り様だ。
姉上の期待や信頼が、魔剣の全体から伝わってくるようだった。
凄まじい威力の武器を、お姉様は何も疑うことなく託してくださった。
無力な自分などのために、貴重な時間と心を割いてくださった。
天才でなくても、"星"の力なんて持っていなくても、自分の生き方を貫き通す事ができる──君がそれを証明してくれと言われているような。
そんな気さえする。
自意識過剰と笑われればそれまでだけれど、少しは未来に希望を持ってもいいだろう。
「良い剣だね」
「はい」
「いくらなら譲ってもらえるかな、ツェトラ」
ウッドローブが冷静に、だが情熱的に言う。
どうやら熱心な武器コレクターであるらしい。
確かに、必要でなければ生活の足しにせよとの言葉は頂いている。
でも──しばらく考え込んだツェトラは、静かに首を横に振った。
「ごめんなさい、ウッドローブさん。これは売れません。大切な人からの頂き物なのです。大事にしたいの」
「そうだろうね」
「分かってましたよね」
「うん。意地悪だなと思ったんだけど……つい、ね。試すような事を言って悪かった」
ウッドローブはアイテムボックスから上等な紙と筆記具を取り出し、何かを書き記した。
「もし、手にした力を活かしたいと思うなら──その場所へ行ってみるといい」
「ありがとう。いま見ても?」
「もちろん」
丁寧に折りたたんで渡してくれた紙を開いてみる。
ツェトラ達をギルド会員に推挙する旨の短い文章を添えて、『赤き龍の宴』の名が、確かに記されている。
ツェトラは改めて、彼が何者なのかをウッドローブに尋ねた。
「今は籍を置いているだけだよ」と曖昧に言って、青年はただ、静かに微笑むだけであった。
2021/9/14更新。
2021/9/15更新。
2021/10/7更新。




