生活と志の狭間で(4)
エメリットが用意してくれた軽食をつまみながら、実用書を参考にして今後の計画のようなものを立ててゆく。
これまでの勉強と全くやり方を変えず、帝国で一般的に用いられる安価な楮の薄紙に記録しておく。
勉強用の紙を好きなだけ使ってもいいことにした。
「"今の状況を確認する。弱みと強みを整理して把握する。冷静な気持ちで行うこと"」
「わたしはツェトラ、12歳です。子どもでもできる仕事が必要です。仕事をするにはある程度、才能や技能が必要です。わたしにはそれらがありません。少し勉強が好きです」
愛読する小説に繰り返し出て来る『感情と事実を切り分ける』というフレーズを意識し、冷静に状況を書き留める。
ツェトラとエメリットが憧れた剛腕の姫騎士イーディスは常にその作業ができる人として描かれている。
彼女ならば、あらゆる逆境すら楽しみ尽くし、その挙句に腕一本でひっくり返してしまうに違いない。
異世界に居る彼女はツェトラ達にとって今のところ小説の中の人物でしかないけれど、いつか会いに行ってみたいものだという思いを、以前から2人で共有している。
いつかイーディス様に会いに行きたい、と薄紙に記し、思考を元の話題に戻す。
「──他の人に雇ってもらう生活はどうですか? 他人の言うことを聞いて動くことは苦痛ではないと思いますか?」
もう1冊の参考書を手に、エメリットが質問してくれる。
『やりたいことを遠慮なく!』は師匠と弟子の対話形式で書かれている。直感的な流れ図も用いて、読む者が本当にやりたいことを見つける補助をするための指南書である。
「他の人の言うことを聞くのは少し辛いです。自分のことはなるべく自分で決めて、自分で納得できるように生きてみたいと思います」
2冊の実用書の著者たちは実は親しい友達で、連絡を密にしながら本を書き上げたのではないだろうか、とツェトラは思う。
書いてあることを組み合わせると、どんどん自分自身の実像が見えてくるような気がする。
「"現状を把握したら、身近な目標を立ててゆく。この時、目標を阻害するあらゆる可能性を把握したうえで無視すること。すべて可能なこととして、達成のための手段を考えるものとする"」
自分にはすばらしい友達と魔法の仔馬がいて、まずはエメリット達と一緒においしい物を食べられるようになりたい。
普段の食べ物を分けてもらえている周囲の人々にご恩返しをしたい。
参考書の言う"身近な目標"が、薄紙をどんどん埋めて行く。
「このくらいにしておきましょう」
「うん」
参考書にはまだ続きがあったけれど、メイドの提案に同意して、薄紙の束と小さな本棚をアイテムボックスに片付けた。
周囲のご厚意でいただいた食べ物を少しずつ使った昼食をおいしく食べた。
ひと休みを挟んで、ウェンドリンからの贈り物の服に袖を通してみることにした。
ヴィルジーナが作ってくれた魔剣も試してみたかったので、普段着よりも先に戦闘服を着ることになってしまったが……まあウェンドリン様ならお許し下さるだろう。
魔法の布生地で作られた戦闘服はツェトラ達のサイズにぴったりだ。
自分はともかくエメリットのサイズは……と不思議に思ったが、細かいことを気にしすぎると胃が痛くなるので(母の口癖)、着替えを済ませる。
「よくお似合いです、ツェトラさま」
「エメも似合ってるよ」
ツェトラのための服は鋭角の襟のついたジャケットとロングスカートだ。色はツェトラが好む(疑問はもう挟まない)薄青で、かっちりした白いインナーとあわせて着る造りだ。夏は涼しく冬は暖かいとの注意書きがあった通り、重ね着していても風通しが良い。
エメリットの上着には丸い襟がついていて、本人の容姿と相まって愛らしい印象を受ける。
あるじを守りたいというメイドの意志がお針子たちにも伝わったのか──柔らかな赤い花のような見かけに反して、そのような手触りはない。
スカートにも同様に、魔法で赤く染めた極細の鋼の糸を複雑に編み込んであるようだ。
黒を基調にしたインナーも鎧の下に着るようなキルト加工がされている。
より武具に近い新しい衣装を、どうやらエメリットも気に入ったようである。
彼女が喜んだり笑ったりするのが、なぜ自分のことのように嬉しいのかツェトラには分からなかった。
けれど、これも気にしないことにした。
2021/9/12更新。




