生活と志の狭間で(3)
報復。
復讐。
なんと甘やかな響きだろうか。
憎い相手にこの手で敗北を認めさせて、指差して笑いながら『ざまぁみろ!』と決定的な一言を発するのは、さぞかし気分が良いだろう。
だけど、その後ろ暗い楽しみを3姉妹の為にとっておくくらいは何てことない──なんたって"星"をお譲りしているのだ。
「お姉様がたにも、お楽しみがないとね。望んでその座に就かれると言っても、大国の君主なんて仕事をお引き受けになるんだし」
「ツェトラさまがそう仰るなら納得です、復讐はナシにしましょうか。2人でヴァイロン卿にケンカ売るのもおもしろいかなー、とか思ってましたが」
「マジで?」
「ツェトラさまの敵はエメリットの敵です。お母様やあなたを何のためらいもなく利用した人間を、あたしが理由もなく許せるとお思いですか?」
「エメ……」
小さく首を横に振りながら、ツェトラは、自分の言葉がエメリットの言う『理由』となったことを嬉しく思った。
例によって抱きついて甘えたい気持ちをぐぐッと抑え、心を寄せてくれる親友に礼を言い、微笑む。
エメリットにいつもの笑みが戻ったのを確認してから、気がかりを口にする。
「でさ、そうなると、今度はこれからどうするかを決めないといけないんだよね」
復讐という大きな目標を、もっと言えばわかりやすい人生の糧を最初から捨ててかかろうと言うのだ。
『幸せになる』その一点を決めているだけでは──ここから先の長い道のりを考えれば、少しばかり不安である。
ヒントが欲しい。
幸せとは何かを自分に問いかけるには、生きてきた年数も、経験も少なすぎる。
大きな志を立てることを優先するのか、当座の生活を充実させるのか。
国を治めたいとかの野心に比べれば決して大きくはないが、ツェトラにとっては重要な問題である。
エメリットが最初に提案してくれた、とりあえず冒険者になってみようプランが一番わかりやすいかな、と思った。
直感に従って、すぐに帝都の冒険者ギルドへ──とならないあたりが、自分の長所であり短所であるとツェトラは思う。とにかく決断するまでに考えあぐねてしまうのである。
ウィシュメリアの贈り物の飾り箱を手に取った。
困ったらとりあえず本を読んでみるといい、と言うのが母の口癖でもあった。物心ついた頃から読み書きを教え、本を読む楽しみを与えてくれた。
いつまでも母の言葉にすがるのはどうかと思ったが、エメリットも頷いてくれていることだ。
改めて見てみると、ちょっとした図書館かと思うほど充実した本棚である。
古今東西のあらゆる言語の入門書から専門書までがあるかと思えば、『よい冒険者とは』とか『目標の定め方~実践的な手段を添えて』『やりたいことを遠慮なく!』といった指南書もある。
第3皇女がお気に入りらしい漫画や小説の写本の中に、1冊だけ白い表紙の小さな本があるのを見つけた。
「ウィシュメリアお姉様の読書手帳だわ」
「この箱の全部、殿下がお読みになった本なんですね」
お付きの書記官などに頼らず、すべて手ずからお書きになったのだろう。
表紙の裏側に『ちょっと恥ずかしいけど、わたしの趣味をご覧に入れます』なんてコメントが可愛らしい丸文字で記してあった。
魔導書の類は揃えていないこと(魔法にハマり過ぎたら困るからと釈明してあった)や、機械と科学文明華やかなる異世界から仕入れた指南書(いわゆる実用書)を中心に集めてあること。それから息抜きに漫画や小説を読むのをすすめた注意事項を読み、小さな本棚の目録と感想を併記したページを読み進める。
実用書の中では、先ほどツェトラの眼にも留まった『目標の定め方~』『やりたいことを遠慮なく!』がお気に入りだと書かれている。
前者は目標を決める時と、その目標を達成するために必要な考え方が記してあるようだ。著者は異世界のニホンと言う国に住む著述家で『やりたいことを~』の作者とは良好なライバル関係にあるらしい。
「すごい情報量ですね……解説が細かすぎです。皇帝じゃなくて作家が向いてるかも」
冗談めかしたエメリットの評価を、ウィシュメリアお姉様なら喜んでくれるだろうか。
ツェトラは本を読む手を止めないまま、2番目の姉上に思いをはせる。
2021/9/10更新。




