生活と志の狭間で(1)
3姉妹からの贈り物を嬉しく受け取ったツェトラだったが、いちばん重いギルネストからの贈り物を開けるのにだけは、少し迷った。
宮廷での出来事を蒸し返さないと決めたのに、どうしても考えてしまう。
まだまだ未熟なのだわ、と恥じ乍ら自覚して、それでも考えるのを辞める事ができない。
あのハゲ魔導師は、リルムガーテを手に入れる為に、自分を利用した。
いつからかなんて知らない──灰の中で燃える埋み火のような情熱を、かつて愛してやまなかった女性と結び合っていたのだと思う。
母を許すと決めたその分、ギルネストを憎んでもいい。
ド腐れハゲからのプレゼントなんかいらない、と断じて捨ててしまってもいいところだが、そんな事をしたって奴にとっては痛くも痒くもない。
奴は自ら利用した者から来る大きな憎しみを堂々と受け止めることを、むしろ望んでいるはずだ。
わたしが奴に向ける憎悪すらも、彼のリルムガーテに対する思いの強さを証明する材料にしかならない。
もし母の立場だったら、少しはそういう男を、好きになってしまうかもしれない──いやだけど、そんな風にも思ってしまう。
考えあぐねているのを察したのか、エメリットが「素直に受け取っておけばいいと思いますよ」こともなげに助け舟を出してくれた。
「なんだか、かわいいじゃないですか」
「ギルネストが? どうして?」
謝罪だか謝礼だか、温情だか慰めだか知らんけれども、かいがいしく方々に手を回して、異母妹に贈り物を用意する3姉妹を手伝ったに違いない、とエメリットが続けて応える。
そうでもなければ、これほど早くにすばらしい贈り物を用意するなんて、いくら冠を分け合って新しい皇帝になられる方々(かたがた)でも不可能だ、と言うのである。
ギルネストには他人を利用してでも欲しい愛情があって、その通りにしただけ。それで、今さら利用される方への気遣いが足りなかったことを恥じながら、彼なりに必死で埋め合わせを考えたのだ。
「流行りの冒険譚で主人公に見返された後の人みたいじゃないですか。"ざまぁみろ"なんて言われないために、よっぽどうまく立ち回らなきゃいけませんよ、彼は」
ハゲ魔導師についてのそんな想像を、メイドが共有させてくれて初めて、ツェトラは微笑む。
「そうだね……そうね」
「もちろん、ツェトラさまのお気持ちが、いちばん良くわかります。その上での、あたしの考えですけど」
「うん。ありがと、エメ」
少なくとも素直に好意を示す事ができそうにない人物からとは言え──贈り物の一つを受け取るかどうかで考え込むようでは、先が思いやられる。これではフォルデが何のために助言をくれたのか、わからないではないか。
というわけで、さっさと開けてしまうことにした。
ウィシュメリアとは趣味が微妙に違うのか、こちらは大きくて分厚い辞典だ。
主に先んじて、エメリットが軽く手に取る。
『職業なんでも全集』『異世界探訪記および異世界渡航の鉄則と実践』『古代現代魔物大辞典』の3冊には、リルムの手仕事による(草花の意匠を多用するからすぐに分かる)豪華な装丁が施されている。
差し迫って必要な『職業なんでも全集』を、メイドに手伝ってもらいながら読む。
手作りの品を売る店を出す方法や、外食産業の経営ノウハウ、芝居や闘技場など興業の運営方法。開拓から始める牧場経営、海水浴場の設置、ロッジ・コテージ経営。
ギルネストが長い時間をかけ、自ら世界を駆けずり回って手に入れたらしい(そう思うと何だかいじらしく思えて来る)情報がこれでもかと記載されている。
「読んで分かる前提で書いてある気がする」
「ある意味、ツェトラさまを評価してくれてるってことなのでは」
「そうかもね。だとしたら、ちょっと困ったことになりそうだなぁ」
「それは?」
「ギルネストのことも、お父様のことも。誰も憎めないよ……わたし」
「他人や近い人を憎むのには力が要りますからね。フォルデおじさまの言ってた事、あたしも実感なんです。とても心の強い人でないと、憎むことや復讐することを、生きる糧にはできないと思います」
「……エメ、今日は食事を遅くしましょう」
「え」
「あなたの話が聞きたい──今度こそ」
ずっとずっと気にしていたのよ、と打ち明けて、ツェトラは親友の手を取った。
2021/9/8更新。




