贈り物(1)
「あたしが気になるんで」と珍しくエメリットに急かされて、ツェトラは一度、私室に戻った。
彼女としては、リムルガーテに託された仕事がどうなるか、気が気ではないのだろう。
仕えてくれる者の気がかりを解決するのも雇用主の務めである。
ツェトラは私室の机の引き出しを開けると、大切にしまってある小箱を取り出した。
鍵を差し込んで回す。
箱の上蓋が厳かに開いた。
一角馬族の稀代の名工"ひねくれシャダル"が作り上げた仕掛けは単純だが、確かに面倒だった。
『時を正しく刻め』と古い文字が刻まれたプレートを外すと、黄金の長針と短針を持つ文字盤が現れた。
鍵が外れないところを見ると、黄金の針が鍵と連動して回る仕組みになっているようだ。
バラバラな順番で刻まれた数字が正しい順番になるよう、時計針の角度をあわせなければならない。
かちかちと小気味よい音を聞くこと12回。落ち着けば簡単な試験である。
ついに開いた。
中身を恐る恐る見る。
息を吞む。
大事にふたを閉じ、抱えて、エメリットの待つ庭先へと走り出た。
「エメ! 見て! これ!」
ツェトラはリズム良く言って、メイドの目の前で箱を開けた。
「うわっ……すごいっ!」
箱の中身も時計を模した円形になっており、浅く彫られた台座にはそれぞれ12個の宝石細工が収められていた。
小さな素材にシャダルの超絶技巧を駆使した細工は、サファイアの紫陽花であった。ルビーの三日月であった。ダイヤモンドの百合であった。アメジストの鳥の羽根であった。アクアマリンの角笛であった。
「エメ、どれにする?」
「いいんですか」
箱の上蓋の裏に貼りつけられていたメモを見せる。
リムルの達筆で、売っても持っていてもいいと書かれている。
好きなひとつずつを選んで持ち、他は大事にしてくれそうな人に価値をつけてもらうよう提案した。
頷いて主人に了解を示したエメリットが、落ち着いたそぶりで、欲しい1つを選び出した。
エメラルドのイルカである。
ツェトラは黒瑪瑙の猫を選んだ。
残る5つの細工物を取り出さないまま、小箱の蓋を丁寧に閉じる。
とても惜しいが、やはり今後の生活を考えると、贈り物そのものを大事にしておくよりも、母の助言を活かした方が良いだろう。
無理にお金に替えなくても、冒険者を何人か雇うことだって出来るはずだ。
ツェトラは小箱と魔法の鍵をメイドに預け、実際に胸を撫で下ろす。
冷静なエメリットも、さすがに荒い息を整えた。
「はぁぁ、もう……どうしようかと思ったよー」
「御意にございます……」
もしウィシュメリア殿下がこの場にいらしたら、一瞬のうちに心に去来した欲望や愚かな考えをすべて見透かされてしまい──さぞや恥ずかしい思いをしなければならなかったことだろう。
宝石細工とは魔性のものなのではないかとさえ思ってしまう。
「ツェトラさま」
メイドが指差す方向から、背の高い黒馬が走って来るのが見えた。
郊外の小さな町を駆け巡る『便利屋』こと、ベテランの冒険者フォルデの愛馬である。
「お茶とお水の用意を。かなり走って来たようです」
「はい。さっそく彼を雇いますか?」
「まだ早いと思うの。それにフォルデおじさまを独占してしまったら、このあたりの人が困ってしまうわ」
「わかりました」
小人族のスリッパをぱたぱた鳴らして、エメリットが家の中へ引っ込んだ。
愛馬を伴ってゆっくりと小さな庭を歩き、近くまで来た冒険者を出迎える。
左手のあたりに大きなリュックサックを浮遊させているが、まさか全部がわが家への荷物なのだろうか?
「届け物だよ、お嬢さん」
「どちらからでしょうか」
「秘密のお相手──と言えばわかるかな?」
40を過ぎて渋さを増してゆく強面ぎみのハンサムな顔を軽薄に笑み崩して、フォルデが人差し指をカイゼル髭に当てた。
「わかりました。サインでよろしい?」
「よろしくぅー。重いからエメちゃんに運んでもらってくれ。リュックはサービスだ、新品だぜ」
「いいんですか、おじさま!?」
「あんたらが信用してくれるおかげで、おれも繁盛してるんだよ。御礼かたがたってやつさ」
さりげなく褒めてもらったのを嬉しく思いながら、ツェトラは受け取り確認の書類に筆を走らせた。
2021/9/2更新。




