それでも目覚めは(2)
自分が母から離れれば、母に良い報いがある。
ギルネストから聞かされた時は、あとさき考えずに飛びついた。ツェトラにとっても絶好機であった。
「今は正しかったのかどうか、わからない」
「お母様も同じことを」
「本当?」
「皇帝陛下のご退位がきっかけで、自分のために動きたくなったのだと仰っていました。だから宮廷魔導師のたくらみに乗ったけれど、それが正しかったのかどうかわからない、と」
「その言葉を……エメはお母さまらしくないと思ってくれたのね」
「はい。僭越ながら、お背中を、こう」
「どーん! って推したのね?」
実際に他人の背中を押す動作をしておどけるメイドの様子に、ツェトラは我知らず微笑んでいた。
もし自分がエメリットの立場だったら間違いなく同じことをしただろう。
12年もの間、何よりも深い愛情をもって接してれたのだ。
皇帝との間に契約があったことも、考えようによっては厄介な2つの"星"のことも──自分が分かるようになるまで、きちんと秘密にしていてくれた。
食事の用意を少し手伝うくらいの働きでも、許してくれた。
奮発して買った材料でお菓子を作れば喜んで食べてくれた。
特別な才覚をいつまで経っても示さない自分にも呆れず、様々のことを教えてくれた。
12歳どころか、生まれてすぐ嫁ぎ先・婿入り先を決められてしまう貴族の子女も多い中、自分の意に沿わない見合いの話を持ち込もうともしなかった。
"あなたが無事で、元気でいてくれさえすればいいの"と言ってくれたのだ。
母の許を離れることでしかご恩を返せなかったか?
ふかふかパンを煮物のスープに浸して食べながら、改めて考える。
自分にとって正しかったかそうでないかで言えば、十全に正しい行動をする事ができたと言っていいだろう。
誇って良い成果である!
「良いお顔になられましたよ」
「そう?」
「はい。ツェトラさまが泣きながら暮らされるのを、リムルお母様はお望みでないはず──当然、あたしもです」
エメリットが整った顔をやわらかく笑み崩す。
この娘の微笑みが、ツェトラは大変に好きである。
振り返るのをこれっきりにしたい、と思った。
自分の人生を自分で選び、自分で決める事ができたのだから。
「何よりまず、あの子の面倒をみられるようにならなければ」
自分達が困るのは別に構わないが、ツェトラの気がかりは灰色の毛並みの仔馬である。
「そうですね。とりあえず、年齢を問題にしないということで……どこかの冒険者ギルドに登録だけでもしておいたらどうかと考えているのですが」
「言葉を返すようで悪いんだけど、冒険者って、技とか能力が物を言う世界でしょう? わたしに出来るのかなぁ……」
「まあ先にごはんを頂いてしまいましょう」と何となく自信ありげにはぐらかしたメイドの進言に従う。
パンにサラダを載せて食べたり、あっさり風味のスープをじっくり味わったりして、感謝と共に食事を終えた。
すぐに後片付けにとりかかったエメを手伝って皿を洗い、注意深くナイフとフォークを手入れした。
"星"を持っていようがいまいが行える動作があることを嬉しく思う。だからツェトラも、わりと台所の仕事が好きだ。
水仕事を一通り終えると、メイドを誘って、食休みがてら庭に出た。
のんびりと散歩を楽しむ仔馬の様子を眺めながら、エメリットが持つらしい『秘策』について尋ねた。
たっぷりともったいぶったメイドが、何でも入る自慢のポケット(メイド服の左右についているのの右側)に手を突っ込んで探る。
ささやくような金属音がした。
小さく美しい細工の鍵だ。
意匠に見覚えがあった。
どうしても開かない小箱を持っている。
一角馬の血を引く魔族の一派の職人が作り上げた箱で、専用の魔法の鍵がなければ飽かないと教わっていたものだ。
そのカギを腹心のメイドが預かってくれていた理由は分からないけれど、とにかく親友から見て、小箱の中身を手にする資格があると判断してくれたなら、ツェトラには言うことがない。
「開けるのはおひとりで」
という忠告通り、普段着の胸ポケットに魔法の鍵をしまいこんだ。
2021/9/1更新。




