無双忍者 其の一
カログラット大森林。
未だかつて生きて戻った者のいないといわれるこの場所の特異性は、実のところ単純明快な仕掛けによってなされている。
幾重にもかかる認識阻害の魔法。そして、方向感覚を眩ませる深い森林。その相互作用による、大自然の迷宮である。
すなわち、それは魔力に起因する現象。
ならば対策は、そう難しいものでもない。
「おい、逸れてるぞ」
「え? あ、気が付かなかった……」
今、兵士達が歩いているのは獣道。確かに素人目にはわかりにくいが、森の中での作戦行動の経験もある精鋭が道を見失うはずもない。
「やはり、何かされているのか?」
「間違いない。実に巧妙だが、認識と感覚を阻害する魔法で迷わされてしまう」
黒の外套に身を包んだ男が、辺りを注意深く観察する。
彼は、魔術師である。
エルフの魔法は職業によるそれとは毛色が異なるが、しかし魔力に起因するものである事に相違ない。ならば、熟練した魔術師の手によって見破る事はそう難しくはない。
「この様子では、森に入って三十分もすれば迷ってしまう。訓練を受けたお前たちでもだ。森の浅い辺りをウロチョロとするのが精々で、それ以上は命に関わったろう」
「そのためにお前を呼んだのだ」
この森の特徴を正しく理解し、迅速な対応策を手早く立てた。
これこそが、精鋭を精鋭たらしめる要因。実力もさる事ながら、その判断力が厄介だ。彼らはこれにより、自らよりも実力の勝る相手を幾人も下している。
僕自身、これが最も脅威であると感じる。
ただ、今日のところは詰めが甘かったな。ニンジャなんていうマイナー職業に油断したのだろうが、ほぼ真後ろに立つ僕に気がついていない。
いくら魔法を識別する能力に長けていても、スキルまではそうもいかないようだ。
変化の術でジャッカロープに化ている僕に気が付かず、一同は森の奥へ進む。
それにしても、意外に人数が少ない。昨日の野営地を見る限り、全員でも10人そこらだろう。
まあ、さすがにハミルトン家の精鋭を小娘の一存で好きにできるわけもなし。おそらくこの人数が、フローレスの力が及ぶ範囲という事なのだろう。
その10人をやりくりして、この広大な森の捜索に当たっている。数人程度の班に分かれて、総当たり的に森の中に繰り出している。
各個撃破の心配など、していないのだろう。
どうせ僕は、大した実力もない不遇職の子供だ。
もちろん、逃げる事に関してニンジャは非常に高い能力を発揮するが、彼らはその程度であると軽んじている。長くかかるだろうが、逆に言えば長くかけただけで解決する問題であると。
唯一の懸念は、魔術を使っていると思われる何者かの存在。
警戒は、そのためにのみ行われている。
「ちょっと馬鹿にしてるなあ……」
「……!! 何者だ!?」
僕の声に反応し、ようやく彼らは僕の存在に気がついた.
わざとだ。
わざと、僕は彼らに自分の存在を伝えた。
魔術師の足元に滑り込んだ僕は、その瞬間に変化の術を解除する。
「何ぃ!?」
何が起こったのか、彼らには理解できなかったろう。
変化の術解除と同時に木の葉隠れの術も使った。この近距離で盛大に音を立てての中での使用では本来の効果は見込めないが、それでも僕が何をしたのか包み隠すには充分だろう。
魔術師の顎を掌底で打ち上げると、彼はそのまま倒れて動かなくなった。
変化の術は戦闘力に変化を及ぼさない見せ掛けのスキルだが、それでも元に戻る際の勢いを利用すれば戦闘にも転用できる。
「何が起こった!?」
「く……!?」
「うお!? ……あっぶね」
あらゆる状況での経験を持つ精鋭の勘か何かが、見えないながらも剣を振るわせた。
眼前を通り抜ける剣の切っ先に、僕は肝を冷やす。
コイツらやっぱり僕を殺そうとしている。
しかし、これであと二人。二体一だが、やってやれない事はない。
「見えない敵だ! 警戒しろ!」
「魔物か!? 厄介だな……」
流石の判断力。
だが、僕は魔物じゃあない。その勘違いには、ある程度付け込める余地がある。
「正面だ!」
「わかってる!」
相手に見えるように、わざと大きな音を立てて踏み込む。
やはり、近接戦闘では大きな効果は得られない。さらにその上、このスキルには致命的な欠点があるのだ。
相手に認識されるごとに、その効果が薄まってしまう。
故にこそ、近接戦ではほとんど役に立たない。足音、息遣い、戦闘の熱量、殺気、これらの要因が、すぐにでも僕の姿を浮かび上がらせる。
だが、そんな事は初めからわかっていた事だ。
そしてその上で言う。この勝負、充分に勝機がある
「……!? アラン様!?」
「何!?」
兵士二人が、僕の姿を見て動揺する。
魔物だと思っていた相手が人間だった。僕が自分たちに反撃するとは思ってもみなかった。
そんな顔だ。
そして動揺は、少なからず戦闘に影響を及ぼす。
【魔法:ファイアエレメント】
「アラン様が魔法を!?」
「くっ……!!」
ファイアエレメントは、実のところ火花を散らす程度の効力しか持たない初級魔法である。
しかし、眼前で視界を覆うように散った炎を前にしてそれを無視できるほど、人間の本能は弱くない。
そして、怯んだその瞬間が命取りだ。
怯んでなお体制を崩さないというのは驚きだが、それでも死角は確実に存在する。
「ぐぁ!!?」
大層立派な鎧だが、隙間がなくては身動きが取れない。
僕の魔法によってできた視界の隙と、機能上必ず存在する防具の隙。その二つが重なった瞬間が、僕の勝利につながるのだ。
「あ、脚を……!?」
狙ったのは膝の裏。体勢を低く移動させ、その上で背後へと滑り込んだ。関節に存在する隙間に、僕は短剣の先端を滑り込ませた。
筋を傷付けた以上、その足は傷が治るまで体を支える事はできない。彼はもうこれで戦闘不能だ。
「アラン様、何を……!?」
戦闘中に会話をしようなんて、随分と余裕だ。
しかし、これで状況は一対一。
不意打ちが終わった以上、ここからは地力での勝負となる。
しかし、僕は勝てると確信していた。
僕の作戦は、確実に実を結んでいる。