救出忍者 其の五
グレゴリーはきっと、こう思ったはずだ。
——これで五分。五分の勝負なら、賢者である自分が負けるはずはない。
あるいは大魔術師を誇ったか、ともすれば魔王の手先である事か、どれにせよ、実力勝負で負ける事はないと考えたはずだ。
フローレスが魔王の能力を挫いた時、間違いなく。
しかし、それは驕りであると言える。
恐らく思ってもみないだろうが、僕は充分な勝機をもって挑んでいるのだから。
僕がただの意地だけで一対一を挑んだと思っているのなら、それは傲慢と言わざるを得ない。
当然意地を張っている事も事実だが、正直にいえば僕が負けるはずがないと思っている。
圧勝だ。何があっても。
【忍法:火落影牙狼王】
全身が黒く変色した様に見えるこの術は、結局のところ暗狩焔の延長でしかない。
しかし、ただの強化版などと思っていては痛い目を見るだろう。
これは、いわば究極の到達点。力の極地。
強力であるが故に使用すら控えていた、僕の奥の手なのだから。
詰まるところ、魔法式を全身に及ぼしたのだ。
そもそも魔法式が相手から隠れる事を利点とする暗狩焔の特性を真っ向から否定するものではあるが、しかしそれでいて効果は絶大。
事実、グレゴリーの奥の手と思われる魔法を正面から打ち消す事ができた。
この忍法には多大な集中力を要するため、仮にグレゴリーが速攻を仕掛けてきたならば使う機会はなかったろう。
高度な詠唱を使用し、それでいて僕自身が全霊の防御を選択したがためにようやく使用できた。
ほんの僅かでも逃げようなどと考えていたならば、今頃は僕も黒い砂となり果てていた事だろう。
二者択一の勝利。
実際には、この魔術を間近で目撃しない事には対策のしようもない、と考えての行動だったが、どうやら充分対応可能な代物であった。
「姿を変えた程度で、この私に勝てるとお思いですかな……ッ!!」
「姿が変わった程度にしか見えないのか」
僕には、どうやら魔術師としての才能がない。
グレゴリーの詠唱に対して、その魔法を防いだ僕の魔法式はあまりに甚大だ。
仮に手書きで用意しようと思えば、一昼夜ですら足りないかもしれない。
それを補うものこそ、『ニンジャ』という職業。
これに関していうならば、なるほど僕は類稀なる才能を持っていたのだろう。
それは、賢者を下すほどに。
「…………ッ!!」
【魔法:————】
詠唱を行わない程度の魔法では、もはやモノの数とはいえない。
どれほどの魔力が込められていようと、僕が蚊を払う程度に力を入れた腕の一振りで掻き消えてしまうのだ。
これこそが、火落影牙狼王。
闘技大会においては、フローレスを最初の一手で倒しきれなかった時に使用するつもりだった力である。
「馬鹿……な……」
「…………」
一歩、一歩、近付き、ようやく。
グレゴリーの目の前に立った。
「魔法式、か……? いや、しかし、それにしても……」
不思議でならないらしい。
そんなに、僕が賢者よりも強い事がおかしいだろうか?
いや、そんなはずはない。それは、今実際に証明しているところだ。
「何もおかしくはない」
「……っ! ……なるほど」
ようやく、思い至ったか。
あるいは僕が話したため、垣間見たのかもしれない。
口の中を、あるいは舌の上を。
黒く変色した眼球も、もしかしたら理解の要因となったかもしれない。
「貴様は……なるほど、体内すら……」
「聡いね。でも、勝ち目ができたわけじゃない」
体を余す事なく黒く染めた魔法式は、実は体内にまで至っているのだ。
食道も、肺も、胃も、腸も、血管や皮膚の裏側に至るまで、僕の体は全てが魔法式を構成する要素となっているのだ。
それが相互に働きかけあい、より強大な力とする。
グレゴリーは僕の口内が黒くなっている事を目視し、その考えに至った。
魔法式は体表のみであると思い違ったグレゴリーは、僕の実力から鑑みて充分に勝機ありだと思っただろう。
実際にはそれを倍してなお足りないほどの式がなされているのだから、およそグレゴリーに勝機などあろうはずもない。
「じゃあね、賢者」
「……っ!!?」
僕は、グレゴリーの頬に触れる。
たったそれだけ、大した事はしていない。
しかしそれだけでも、今の僕が行えば必殺となりうる。
グレゴリーの首から上は簡単にもぎ取る事ができ、残った体の方は糸が切れたかのように倒れ落ちた。
いや、崩れたと言った方が正しいだろうか。そんな様子だった。
勝利である。言いようもなく完璧な。
「これで安心して逃げれ……?」
言い終わる前に、異変に気がつく。
十中八九グレゴリーの仕業なのだろうとは思う反面、しかし何が起こっているのかが全くわからない。
倒れ落ちたグレゴリーの体と、捨て置いたグレゴリーの頭が、溶けて混ざり合っているのだ。
「は……?」
言葉など出ようはずもない。
しかし、理解できていないながらも感じるものはある。
今からより一層、危険なモノと対峙するのだ。




