執行賢者 其の三
ニンジャという職業についての情報は少ないが、確か姿を変えるものがあった筈だ。それを使えば、執行官に成り済ます事など造作もないだろう。
「くせ者だ! 切って捨てぃ!」
「総員抜剣!」
貴族や王族についていた護衛が、戦闘態勢に入る。主人の避難を優先するだろうが、足止めの意味で何割かはここに残るだろう。
なによりも、貴族は見栄を気にする生き物だ。
この緊急事態に自分の身のみを優先したとあっては、後で立つ顔がなくなってしまう。
「……!? 何!?」
「ま、魔法が使えないぞ! どういう事だ!?」
「スキルもだ! 発動しない!」
振り返らないが、そんな声が背後から聞こえてくる。
「なんだと……?」
「どうしたのぉ?」
思わず声を漏らした私に、アランはヘラヘラと笑う。
その顔が先日のそれよりもはるかに不快であるために、思わず殴りかかってしまうところだった。
「能力は、解除されていないのか……?」
「ああ、うん。してないよ」
別に話しかけてないわ、一々返事すんな。
私の疑問はただ一つ。
果たしてどうやって、この領域内でスキルを使っているのか。
魔法とスキルを完全に遮断するこの能力が完璧であるからこそ、マニエルドは大人しく捕まっているのだ。
ならば、目の前の小僧に破れる道理などないではないか。
あるいは千年前の勇者ほどの実力者であれば、この結果も納得できよう。しかし、一年にも及ばない程度の期間訓練した程度のにわか魔術師には決してできるはずがない。
「あ、アラン! なぜ現れたのじゃ!」
ようやく放心から立ち直ったらしいマニエルドが、小僧の背中から叫ぶ。
「私の犠牲を無駄にする気か! 今からでも逃げよ!」
「犠牲とか知らんし逃げるのは無理だなぁ。倒してさっさとトンズラするよ」
笑う。
目の前に私を見て、周りの兵士を見て、慌てて逃げようとする民衆を見て、確かに笑った。
何のつもりなのか、なぜ笑ったのか、その瞬間には全く分からなかった。
しかし、すぐに分かる。
マニエルドを抱えて背後の人混みに飛び込んだのだから。
「馬鹿が! それで隠れたつもりなのか!」
考えがあまりに甘かったため、意味もなく笑っていたのだ。
木を隠すなら森の中であると言ったのは誰だったろうか。
しかし、それは木が他と見分けが付かないためである。
今あの小僧が抱えているのは、手足を縛られ、重りが付けられ、衰弱した、幼いエルフの少女だ。
例えどれだけの人混みだろうと、見失ったりなどするものか。
「いたぞ! 捕らえよ!」
ほんの少しでも見渡せば、たちまちその居場所は明るみに出る。
魔法の使えない兵士でも、こんな時には人手として非常に役に立つ。
ただ、できて足止め程度だろう。
何をしたのかスキルを使えるアランを相手にしては、私以外に勝負となる者などいまい。
ただ、逆に言えば私がいる限り制圧できる。
詰まるところ、小僧は私の排除ができていない時点で敗北しているのだ。
多少のスキルが使えようとも、私の全力には遠く及ばない。
一体どのような小細工をしているのかは分からないが、結果が変わる事などないのだ。
「おや、もう逃げないのですかな?」
「…………」
返事はない。できるはずなどない。
当然、分かっていてなお言っているのだ。
紛れようとした人混みはすでに引き、周りは兵士に囲まれている。
逃げられるはずなどない。
「は、離して! やめて!」
「師匠に手を出すな!」
先ほどまでとは違い、随分と弱々しい抵抗だ。
威勢ばかりが良くても何も変えられないというのに、それを微塵も理解していない。
「これ以上暴れられても面倒ですな。この場で、私が刑を与えましょう!」
せっかく集めた王族も貴族も冒険者も、みんな散り散りに逃げてしまった。
このままでは魔王様の再臨の贄がなくなってしまう。
見ているのが兵士だけというのも味気ないが、ここは早急にすませてしまう事としよう。
「これでは、何のために逃げたのだか分かりませんな。無駄な抵抗でしたな」
首元に手を添える。
私ならば、ほんの一秒もいらない。
喉を掻き切るにしても、首をへし折るにしても、その瞬間に魔王様は再臨するのだ。
そのはず、なのだ。
「何のために……?」
——笑った。
何故、一体……?
マニエルドは今、絶体絶命であり、笑うなどとてもできるはずはない。
その表情は、苦しんでなくてはならない。悲しんでなくてはならない。悔しがっていなくてはならない。恐れていなくてはならない。
コイツは、私を甘く見たために馬鹿を見ているのだ。
なのに——
「くっ……!?」
「おっと、やるねぇ」
逆に、私の首筋に刃を突き立てたのだ。
「一体……」
一体、どこから出したのか? ——否。
一体、何故笑っているのか? ——否。
「一体、何者なんだ貴様は!?」
つい今までマニエルドであったソイツは、既にもはや私の知る全ての何者ではなかった。
初めて見る男が、私の血が付いた短刀を手に持っている。
無理に防ごうとして、私は左腕の膝から小指までと頬を深く切り込まれてしまった。
血が流れる。
そんな事は、ここ何百年もなかった事であるというのに。
「なぁんで、俺が何者かなんて教えてやらなきゃならないんだよ」
「はっは、違いないや。こういう時はお前の方が当てるもんだようよ」
ニンジャ小僧と変な男が笑う。
腹立たしく、苛立たしく、苦々しい。
ここからは、もはや処刑などではない。
純粋な戦闘。
遅れながらではあるが、覚悟を決めなくてはならない。




