逃亡忍者
「おいアラン。私の話はちゃんと聞いとったか?」
「き、聞いてますよ師匠。覚えが悪いのは聞いてないからじゃないです……」
「正直者め。その正直に免じて今日はここまでじゃ」
安堵。正直言って、これ以上続けても効果的とは思えなかった。
まだ二日。二日目だというのに、師匠といったら魔術の全てを教え込もうとする。
というか、最奥とは何かとかから話し始めた。分かるわけがない。
改めて言うまでもないが、師匠はとんでもなく教えるのが下手だ。
「明日まで自主練しとけい。魔法なんぞ、結局は自分の力でしかないからのう」
「はい!」
正直、これを一番待っていた。習った事を忘れてしまう前に、自分で確認しておきたい。
まず魔法とは、魔力によって発生する現象全般の事。理論上は、どんな生物でも扱う事ができる。
そして魔術とは、魔法を使うの術の事。最も一般的な詠唱、大規模な儀式で使われる魔法式と魔法陣などがそれにあたる。
長たらしく高度な説明の中から、ようやく基礎的なこの情報を読み取った。これを復習しながら、魔力を扱う練習をしておく。
ちなみに、魔力の扱い方についてはほとんど解読できなかったので、なんかそれっぽく頑張っている。多分明日までに成果は出ない。
「あ、師匠。僕、狩りに行ってきます!」
「おう、頼んだぞ」
よし、これで師匠から離れる理由ができた。
師匠は暇になってくると、すぐに僕に話しかけてくるのだ。自手練しとけと言っておいて、その自主練を自分で邪魔する。困る。
森の中は、意外に歩きやすいように思う。
昨日はいつ迷ってしまうのかわからないような調子だったというのに、今日になってみればそんな気が全然しない。
多分、拠点があるためだろう。
どこともなく歩き回る事の、なんと息苦しい事だったろうか。師匠に会わなかったら、まず間違いなく野垂れ死んでいただろう。
今思えば、むかし父上を行った狩りもそこまで歩きづらいとは思わなかった。
「さて、魔力か……」
師匠には、感じろと言われた。
いや意味分からんし。
手を合わせたり、擦ったり、頭を抱えてみたりするが、一体何がどうすれば魔力なんてものを感じられるのかが分からない。
どこにあるんだよそれ。絶対どこにもないわ。
「おっと、一応狩りもしておかなくては」
何も獲らずに帰ったら流石に申し訳ない。
実のところ、狩りには自信がある。
経験があるというのもあるが、ニンジャという職業が意外にも狩りに適していたのだ。
諜報という、一見して狩りに関係のなさそうな職業だが、その実態は身を隠す事に特化した特殊職である。
つまり……
『キュッ……!』
「よし、一匹」
僕の手の中では、ジャッカロープという魔物が息途絶えた。これは、ツノが生えただけのウサギであり、肉も非常に美味しい。
相手が僕の姿を見つけられないので、獲物に近付きやすい事この上ない。もちろん、音を立てないように注意は必要だが、それでも何も策がないよりも遥かに効率的だ。
こんなもののために追放されてしまったわけだが、しかしこれがあるから助かっている。
因果だ。こんな因果なかった方がよかったのかもしれないが、僕は悪い気がしない。
そんな気分。悪くない気分。だというのに、そういうものを邪魔する無粋な輩は珍しくない。
「おい! こっちに誰かいるぞ!」
「……マジかよ」
こんな森の中で人間に会うとは思わなかったが、まさか団体様でいらっしゃるとは。
垣根を分けて出てきたのは、見た事のある鎧を着た大男だった。
……いや、見た事あるっていうか、知ってるぞこいつら。
「アラン様! ご無事でしたか!」
「お前らフローレスの家の者だな!!」
あの野郎とうとう手の者まで使いやがって!
よく分からないが、誘いを断った事を根に持って僕に逆恨みしたのだろう。溜まったもんじゃあないね!
「アラン様! お待ちを!」
「待つかボケ!!」
全力、全力、全力疾走。
ようやくこの森で魔術を教わり始めたというのに、まさか命を狙われるなんて。
「アラン様がいらっしゃったぞ! みんな、こっちだ!」
「くんじゃねえ!!」
このままでは、囲まれてしまう。
ガサガサと音を立てて、まだ目に映らない兵士達が僕を包囲しつつある事を感じる。木の葉隠れの術は音を立てては意味がないので、距離を詰められつつある現状ではあまり意味がない。隠れるには立ち止まらなくてはなく、立ち止まれば相手にぶつかる。
——ならば、とれる方法は一つしかない。
【スキル:変化の術】
「何!?」
草むらの中に飛び込み、その瞬間にスキルを発動。僕が昨日覚えた2つ目のスキルだ。
「ど、どこへいかれた!? 誰か見たか!?」
「わ、分からない。本当にこちらへ来たのか?」
「間違いない!!」
兵士達が辺りを見回す。だが、それで見つかるはずがない。何せいないのだ。僕は、どこにもいないのだから。
変化の術。
これは、自分の姿を変化させるスキルだ。ただし、それによって戦闘力が変化したりはしない。
茂みへと飛び込んで視界から外れた瞬間に、僕はこのスキルで、ジャッカロープへと変化したのだ。
僕を探している限り、見つかるはずはない。僕は彼らの足元を悠々と歩き、堂々とその場所を離れるだけでいいのだ。
しかし、なんて連中だろうか。こんなところまで追いかけてくるなんて。
早く戻って、師匠に相談しなくては。
夕食になるはずだったジャッカロープも落としてしまったし、こいつらにはつくづく恨みが絶えないな。